主に忠実に仕えていく

富高美和師

 主の教会の働きは、キリストを頭とし、各器官として仕える人々によってなされています。(コロサイ3:23、24)
 私たちは、どのようにして主に仕えていくのでしょうか。
マタイの福音書の25:14~46には、有名なタラントの例え話があります。神様は、イエス様が来られるその日まで、主を信じたしもべに対し、それぞれに与えられている賜物をもって主に仕え、小さなことに忠実であってほしいと願っておられます。神様は、私たちの霊的成長の度合いに従って賜物を与えて下さいます。ある人は5タラント与えられますが、このしもべも最初に預かったものは1タラントでした。しかし、忠実に仕え続け今では5タラント任されるようになったのです。ですから、他の人と比べる必要はありません。あなたも小さなことに忠実に仕えているなら、必ず多くのものを任せられるようになるのです。5タラント預かった者は救われた恵み、主に仕えられる喜びを知っている人です。主から預かったタラントを上手に使えるので、その結果賜物が増えるのです。2タラント預かった者は、5タラント預かった者に比べれば多くはありません。しかし、与えられた賜物に感謝し、神様のために用いました。その結果2タラントが4タラントに増えたのです。1タラント任されたしもべがいました。神様は、しもべを愛し、しもべの成長度合いを良く知っていました。神様はどんなに信仰を持ったばかりの人であっても、ご自分のしもべとして信頼し、自分に仕えるようにと賜物を与えられます。
 主人は旅に出かけ、そして帰って来ました。これは、イエス様は十字架にかかり、復活され、天に昇られましたが、やがてこの地に来られるということを示しています(地上再臨)。※キリストの花嫁である教会時代の信者は、携挙の時にキリストの裁きの座で「信仰生活の決算報告」をします。
 帰って来た主人に対し、5タラント預かった者も、2タラント預かった者も堂々と報告しました。これは何を示しているかというと、与えられた賜物を十分に活用した者は堂々と主の前に出て報告することが出来るということです。この世において、私たちが神様からいただいたものを上手に管理すると、やがて神様からお褒めのことばをいただく時が来ます。例え、預かったものが多くなくても、賜物を感謝して受け取り、主のために用いれば、堂々と御前に報告することが出来るのです。神様が評価されるのは、どれだけ儲けたかではなく、どれだけ忠実であったか、です。「よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。」(マタイ25:23)※この世での忠実さにより、来るべき次の世である千年王国で任されるものの大きさが決まります。
 1タラント預かったしもべは、神様に対する正しい信仰を持っておらず、その賜物を「無い」ものとしました。そこに神様は怒りを表しました。
 神様は必ず賜物を与えておられ、それは減るものではなく増えるものです。私たちがこの世で仕える時、天の御座の右におられるイエス様を見続けることは重要なことです。やがて、天の御座からイエス様は降りて来られるからです。私たちは今も生きておられるイエス様に仕えていくのです。

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