ヨハネの証言

富高尚師

 ヨハネの福音書が書かれたのは、私たちが唯一まことの神と神の遣わされたイエス・キリストとを知り、永遠のいのちを得ることです。(ヨハネ17:3)そのヨハネの福音書の1章には、バプテスマのヨハネがイエス様のことをはっきりと「この方が神の子である」と証言しています。また、イエス様を見たヨハネは「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。」(ヨハネ1:29)と言いました。
 まず第一に私たちが知らなければならないことは、イエス様が「世の罪を取り除く」方であるということです。イエス様は十字架で死なれ、私たちの罪を完全に取り除いて下さいました。私たちの罪が赦されたことはもちろんですが、単に赦しを与えて下さっただけではありません。その罪を完全に取り除いて下さったのです。「取り除く」という言葉は、「跡形もなく消し去る、痕跡を残さず消去する、記憶を消す、拭い去る、抹消する」という意味です。イエス様は私たちの罪を赦し、完全にその罪を取り除いて下さいました。(へブル9:26)
 もしあなたが、自分の内にはまだ罪があって、いつもその罪と戦っていると悩み苦しんでいるとしたら、それはちょうど、残飯の臭いと戦っているようなものです。残飯を捨てても臭いはしばらく残ります。イエス様は、あなたの内にあった罪を完全に取り除いて下さいました。あなたが、今も罪と戦っているとするなら、それは罪の残り香であって、罪ではありません。罪はあなたの内からイエス様が完全に取り除いて下さったのです。
 また、二つ目に私たちが知らなければならないことは、イエス様が「神の小羊」として十字架で死なれたということです。単なる動物の羊ではなく、神の小羊として死なれたということです。旧約時代は、人が犯した罪を取り除くために羊をいけにえとして捧げ、焼いて煙にしました。羊が焼かれ消えてなくなることで、人が犯した罪も消えてなくなるという神様が定められた教えです。しかし、神の小羊であるイエス様との大きな違いは、イエス様がよみがえられたことです。イエス様は消えてなくなった動物の羊ではなく、よみがえられた「神の小羊」なのです。それは、私たちの過去の罪だけでなく、今も未来も、私たちの生涯の罪を背負って赦し、取り除いて下さってもなお余りある、永遠のいけにえ、神の小羊なのです。(へブル10:12)イエス様は、よみがえられて今も生きておられのですから、私たちの罪は完全に取り除かれ、一生涯、罪人に戻ることは決してないと確信するのです。これが福音であり、信仰の土台であり、救いの確信です。

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