しっかりゴールを目指す

富高美和師

 私たちの人生の歩みは、ゴールのないむなしい歩みではありません。
 世の中の多くの人が「死」をゴールと考えます。ですから、生きている間が「すべて」だと考え、生きている間に幸せになろうと願います。しかし、神様が人間に与えられたゴールは「死」ではないことが聖書にはっきり書かれてあります(へブル9:27)。この真理を知る時、人生の歩み方が全く変わって来ます。神様は、人々が死後、罪に定められて永遠の滅びに入るのを望まれません。そのために愛する独り子イエス様を十字架につけ、私たちの身代わりに罪の罰を受けさせたのです。それは、すべての人がイエス様によって罪赦され、永遠のいのちを得るためでした。イエス様は死を打ち破り、3日目によみがえられました。この復活の主と共に、聖霊に励まされてゴールを目指します。
 パウロは、クリスチャンの歩む人生を競技する者、レースを走る者に例え、「私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。」(Ⅰコリント9:26)と語っています。私たちの目指すゴールは、この朽ちる肉体を脱ぎ捨てた後、天において神様から「よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。」(マタイ25:21)と言っていただき、朽ちるこのない冠を受けることです。
 しかし、パウロは主を信じる者の走るレースは厳しいと語っています(Ⅰコリント9:24)。何故なら、パウロ自身がその厳しさを痛感していたからです(Ⅱコリント11:23~27)。ある人にとっては、ゴールが見えないマラソンのようであったり、ある人には障害物競走のように、沢山の障害が目の前にあるように思えるレースを走ります。しかし、自分を自制し、あきらめずに走り切った者には、必ず朽ちることのない冠が与えられるのです(Ⅰコリント9:25)。この地上の物はやがて朽ち果てます。幸せになろうと思い、地位や名誉やお金を求めますが、それもやがて朽ちるものです。イエス様は「自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。」(マタイ6:19)と言われました。地上での勝者に与えられる冠はやがて朽ち果てます。しかし、天で与えられる冠は決して朽ちることはないのです。神様に忠実な者は「朽ちることも汚れることも、消えて行くこともない資産」(Ⅰペテロ1:3~5)を受け取ることが出来ます。(黙示録21:1~7)
 ゴールを目指す時の秘訣は、①ゴールにおられるイエス様を見続けること(へブル12:1~3)②聖霊によって励まされ、走り続けること(使徒1:8)です。
 聖霊様はランナーにとってコーチのようなものです。走り方を教え、励まし、力づけ、最後まで一緒にいてくれます。私たちの目指すべきところをしっかりと見、福音をたずさえ、冠を奪い去られないように注意しながら、レースを走り続けましょう。

コメントを残す

コメントを投稿するにはログインしてください。