「聖霊がくだるとき」

高森博介師

≪使徒の働き2章1~41節≫
 みことばを受け入れ、実行していくことは大事なことです。信仰によって義とされた者の生活はみことばに従う時、聖霊によって勝利へと導かれるのです。
 弟子たちは3年半の間イエス様と共に行動し、奇跡、十字架、復活、昇天のイエス様をも目の当たりにしたにもかかわらず、恐れて隠れていました。
 しかし、イエス様が天に昇られる間際に、「助け主なる聖霊を与える」と言われたことが実現し、聖霊が下ったときに大胆に福音を語り出し、聖霊の働きに期待して信仰生活をした時、弟子たちはイエス様のなされた癒しのわざ、悪霊からの解放、奇跡を行うことができたのです。
 パウロはコリント人への手紙 第二11章21~27節に記しているように、幾度となく困難、命の危険に遭いましたが聖霊の励まし、力によって越えていくことができました。
 神を恐れ、神の命令を守ることを忘れた者の人生は、どんなに、結婚、家、夢の実現などのこの世のものを得たとしても、栄華を究めたと言われたソロモン王でさえ「すべてが空」と言っているように、残るものは空しさだけです。神が与えられたエデンの園は最高の場所でしたが、神のことばを軽んじ、背いたときに、神様から引き離され恐れが生じました。
 神様が共にいることが私たちの喜びであるなら、聖霊なる神様が私たちと共にいてくださるとき、そこに喜びがあり、幸せがあるのです。
 イエス様がペテロに語られた「悔い改めてくるなら七度を七十倍するくらい赦しなさい。」(マタイ18章22節)というのは神様のご性質がどれほど憐れみ深いかを表しています。人は行うことは無理でしょう。しかし、聖霊によるならば神様のみこころを行うことができるのです。
 私たちは神様によって召し出されたものです。どんなに愚かな者でも神様は召して下さり、聖霊による権威を与えて下さるのです。

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