「選ばれた者として」

髙森博介師

テキスト:ヨハネ15章16節

 最近のニュースで、秘書に対する暴言や暴行によって、選挙に落選してしまった元議員さんの話題が取りあげられていました。結果をみて当然だと思われる方も多いでしょう。しかし、私はあの報道をみて彼女の失敗を避難することは出来ないのです。誰しも大小にかかわらず、失敗や間違いはあるでしょう。私自身も失敗を重ねてきましたし、聖書に登場する信仰の父アブラハムや、ユダヤを代表するダビデ王も大きな失敗を犯しました。けれども、今日私たちがここにいるということは、すべてを益として下さるイエス・キリストに救いがあるからなのです。
 また、その救いは私たちが自分で選んで手にしたのではありません。神様の一方的なあわれみの故に救われたのです。この聖書箇所に書かれているように、神によって選ばれたのです。この選びは、世の中でどんな失敗を犯していようとも、イエス様に悔い改め、従うときに力を得ることが出来ます。アブラハムもダビデも、悔いあらためて再び自分に与えられた召命に従って歩み用いられました。
 神様に選ばれ従う者には、神様の力と権威が与えられます。イエス様と同じ働きを聖霊によって行うことができるのです。私たちはその権威が与えれていることを固く信じなければなりません。この権威をサタンも知っているので、クリスチャンにそれを使わせないようにと働きかけるのです。
 神様の召命と賜物は変わることがありません(ローマ11:29)この個所はユダヤ人の選びに関しての言葉ですが、神の選び、召命は決して変わらないことが分かります。神のみことばは必ず成就されるのです。
 私たちは、みことばであるイエス様を神の権威によって大胆に伝えていきましょう。

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