失った物、そして得た物

仁田義勝師(十勝キリストリバイバル教会)

 私は、酪農で一旗揚げる野心を持っていた20代に農作業中の事故により機械に右腕を巻き込まれ失いました。私は挫折し絶望しました。この世の価値観から考えると当然のことです。そのような時に教会に導かれ、神様のみことばによって救われたのです。
「からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに投げ込まれるよりは、よいからです。」(マタイ5:29、30)
このみことばは、神様の愛を知らない者にとっては恐ろしい言葉に聞こえるかもしれません。しかし、私はこの言葉によって失うことが悪いことではなく、神様を知らないで滅びに至ることが絶望であり、もし、失うことがあっても永遠のいのちへと導かれるのなら、そこには希望があると知ったのです。私は体の一部を失いましたが、そのことで救いへと導かれ、教会で妻と出会い、私の家族も救われたのです。
 十勝の地はクリスチャンにより開拓された土地です。その経緯は苦難の連続でした。しかし、主により頼むときに成功を得、今では食糧自給率1200%という祝福を得ています。この世の価値観の中では損と思われるようなことも神様は祝福へと変えて下さるのです。
 人間の本当の損失はイエス・キリストの救いを知らないということです。私たちは信仰によって神様が私たちに与えられている計画を知ることができます。私自身の腕を失うことも世の中においては大きな損失と思われることですが、同じ苦しみを味わっている人を励まし慰めることができる祝福を与えて下さいました。最近も、農作業事故により右手のすべての指を失ってしまった40代女性のところに農業経験者ということで導かれました。絶望してた彼女と共に、腕のない私が一緒に働くことによって、良き証となることができたのです。
 神様と共に歩むならば、世の中で失う物以上の物を神様は備えてくださるのです。

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