私たちは、まず祈るべきです

富高美和師

「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。」(エペソ人への手紙6:18)
 パウロは、どんな時にも御霊によって祈ることが大事だということを語っています。御霊による祈りは、私たちを神様の御心にかなう祈りへと導きます(ローマ8:26~28)。何か起こった時、私たちはすぐに解決しようと人間的な方法を考えがちですが、御霊による祈りは、神様が喜ぶ解決法を私たちに教えて下さるのです。使徒4:23~31には、使徒たちが迫害の中問題が起こった時にも、御霊によって祈ったことが書かれてあります。彼らは、まず祈りを始めました。そしてその中で御霊によって導かれた祈りは「御言葉を大胆に語らせて下さい。主の業を行わせて下さい。」という祈りでした。
すると、彼らは聖霊に満たされ、迫害を恐れることなく、大胆に御言葉を宣べ伝えはじめたのです。御霊による祈りは、恐れを締め出し、神の子であるというアイデンティティーを確固たるものとし、神様の御心を行うことの出来る力が与えられます。
 また、私たちは、絶えず目をさまして祈る必要があります。何故なら、敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを探し求めながら歩きまわっているからです(第一ペテロ5:8)(エペソ6:12)
 サタンの目的は、一人でも多くの民を滅ぼすことです。しかし、それは、神様の御心ではありません。神様の御心は、一人も滅びることなく永遠のいのちを持つことです(ヨハネ3:16)。サタンは、「神様に愛されている者」というアイデンティティーを奪い去ろうしますが、騙されてはいけません。
 クリスチャンのためにも祈らなければなりません。「すべての聖徒のために忍耐の限りを尽くし」何故なら、イエス様を信じ神の子とされたからこそ、信仰の戦い、霊的戦いが多いのです(ヤコブ4:4)。クリスチャンは神様を愛し、神様の言葉に従う者と変えられています。そして、神様に近づこうとすればするほど、色々な角度から自分を神様と引き離さそうとする力を感じるのです。クリスチャンを落ち込ませ、失望させ、疑う思いを入れたり、ま怠惰になるように誘惑します。これらのことを通して、神様の敵であるサタンとの闘いを実感するようになります。
 しかし、私たちの「祈り」が世(サタン)に打ち勝つための最大の武器となります。クリスチャンは、祈りの中で霊の戦いを戦い、祈りの中でサタンに立ちむかい、武具(真理の帯、正義の胸当て、平和の福音の備え、信仰の大盾、救いのかぶと、御霊の剣である御言葉)を用いて勝利するのです。
 イエス様は、荒野での断食の祈りの中で、またゲッセマネの園での血の汗を流しての祈りの中でサタンと戦い勝利をおさめられました。ですから、パウロは「また祈りなさい。」と語ったのです。私たちは、どんな時にもまず祈ることです。御霊による祈りは、必ずあなたの人生に勝利を与えます。

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