新しいぶどう酒と新しい皮袋(ルカの福音書5:33~38)

富高尚師

 新年を迎え、気持ちも新たにされたような思いになりますが、よく考えると、昨日も今日もあまり変わっていない現実があります。しかし、イエス・キリストの誕生と十字架の死は、大きな変化をもたらしました。イエス様の誕生を境に、西暦の数え方(BC・AC)が全世界共通で使われるようになりました。更に、イエス様の死と復活によって、すべての罪人に救いの門が開かれました(ルカ5:32)。イエス様なしでは、私たちは何も変わることは出来ません。しかしイエス様を信じる時、すべてが新しく変わるのです。(Ⅱコリント5:17)これが、「福音」です。今年は新しいぶどう酒と新しい皮袋で、イエス様の来られる日を待ち望みたいと思います。(黙示録19:7)

①新しいぶどう酒
「ぶどう酒」は、聖書の中で「喜び」と「祝福」の象徴として用いられる。
「新しいぶどう酒」は、福音によってもたらされる湧き上がる喜びと溢れるばかりの祝福の象徴、そして天国の喜び(ぶどう酒が発酵して皮袋をぱんぱんに膨らます有様を連想させる)。一方、パリサイ人は行いによる救い(律法=古い皮袋)を主張する。しかし、律法を完全に守れる人は誰一人いない。イエス様は、信仰による救いを完成させるために来られた。
(ヨハネ14:6)聖霊による喜びは、人間の作った制度には収まらない。

②新しい皮袋
福音によって、一人の罪人が救われることは、地においても天においても溢れるばかりの喜びが湧き起こる(ルカ15:10)。放蕩息子のたとえでも分かるように、それは大祝宴の時。しかし律法を行うことによって救われると信じている律法学者には、この「信じるだけで救われる」という喜びは理解できない(律法主義の古い皮袋の性質)。
「新しい皮袋」とは、一人の罪人に対する「神様の愛」。一人の人を高価で尊い存在として見ておられる。神様の愛という新しい皮袋が必要。

③良いぶどう酒
ヨハネの2:1~11には、「カナの婚礼」の記事がある。婚礼の最も大事な席でぶどう酒がなくなった時に、イエス様が水を最高のぶどう酒に変えられる奇跡。通例では、酔って味が分からなくなった時に質の悪いぶどう酒を出す。しかし、イエス様が出されたのは「良いぶどう酒」である。神の国の喜びは、時間と共に薄れていくものではない。質においても最高であり、無限に広がっていく喜びとなる。

 新しいぶどう酒は、新しい皮袋に。今年一年、イエス様から頂いたぶどう酒を味わいましょう。御国に行く時まで、益々味わい深くなることでしょう。

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