「みことばに従う祝福」

髙森博介師

「どのようにして若い人は自分の道をきよく保てるでしょうか。あなたのことばに従ってそれを守ることです。」(詩篇119篇9節)

 若い人にかぎらず、自分の道をきよく保つために必要なことは、神のみことばに従っていくことです。ヨハネの福音書1章には「ことば=イエス様」と記されています。イエス様に従っていくところにきよさと祝福があります。ダビデは119篇65-72節において神様のおきては金銀にも勝るもので、それを知るためには苦しみ、戦いをとおったことも記しています。しかし、苦しみの中で、神のおきてを知ることは幸せであると証しているのです。
 苦しみ、戦いにある段階で私たちがとるべき手段は「祈り」です。イエス様はルカ18章1~7節には不正な裁判官とやもめの譬えを用いて、いつでも祈り、失望せずにいることを語られました。不正な裁判官でさえ、絶えず求め続けるやもめに対して、心を動かされるのですから、ましてや主を信じる者たちが求め続けるなら、神様が聞いてくださらないわけがないのです。
 アダムとエバが罪を犯したとき最初に入ってきた感情は「恥ずかしさ」でした。真剣に大胆に祈り続けることを恥ずかしく思ってはいけません。サタンはそのような思いや人間のプライドを用いて信仰の成長を妨げようとするのです。長血を患った女(マルコ5:25~34)は「イエス様の衣に触れることができれば治る」という信仰を持ち続け、恥じることなくイエス様のもとに行き、その衣に触れたときに主の御業が表われました。
 偶像礼拝をするときにサタンが私たちに働きかけます。しかし、神様のみことばを信じ、従うものには聖霊様が働いてくださり、生活そのものが変わっていき、祈りはその生活の一部となっていくのです。
 これからもみことばに従い、きよめられ金銀にも勝る祝福をいただいていきましょう。

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