神のことばをいただく強さ

高森博介師

「私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私のことばによらなければ、ここ二、三年の間は露も雨も降らないであろう。」(第一列王記17章1~16) 
 エリヤの行動や言動には驚かされることが沢山あります。しかし、彼をそのように大胆にさせる源となるものは何処にあるのでしょうか。
エリヤは北イスラエルに遣わされた預言者です。彼は、イスラエルの民が真の神様から離れ、バアルという偶像礼拝にはしっているその状況の中、神様に預言者として遣わされ、アハブ王の前に立ち、裁きのことばを宣言します。
 二、三年の間、雨どころか露も降らないとは常識的に考えて絶対にありえないことです。しかし、彼は神様から直接このことばをいただいていたので、恐れることなく大胆に宣言することが出来ました。そうです。彼の確信に満ちたことばと行動にはいつも「神様のことば」が初めにありました。
 次に、彼は神様のことばによってケリテ川のほとりに身を隠します。いのちを狙われるほどの発言を王の前でしたからです。しかし、彼は身を隠した場所で、幾羽かの烏が朝晩運んでくるパンと肉によって養われました。本来ならば、烏も信頼出来るような生き物ではありません。しかし神様のことばに信頼する時、彼は奇跡的に養われたのです。
 やがて川が枯れ、生活が困難になりました。そこで神様はまたエリヤにことばを下さいました。「さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしは、そこにひとりのやもめに命じて、あなたを養うようにしている。」と。彼が行ってみると、なんとそこには食べ物もなく、息子とこのまま死のうと決心しているような貧しいやもめがいたのです。しかし、彼はそのやもめに「恐れてはならない。まず私に一口のパンを持ってきなさい」と言いました。常識から考えると、どうしてそんなことが言えるでしょう。しかし、エリヤは、神様から「やもめによって養う」ということばをいただいていました。
そして、やもめがエリヤのことばに従った時、奇跡が起こりました。主が地の上に雨を降らせる日まで、瓶の粉は尽きることなく、油もなくなることはありませんでした。神様のおことば通り、やもめは喜びを持ってエリヤを養うことが出来たのです。
 人生の中で、色々な問題が起こってきます。しかし、大事なのは、その中で神様のことばをいただくことです。神様のことばによって、私たちは全能なる主が共にいて下さる確信を得ることが出来るのです。信仰によって、神様のことばに従う時、あなたは奇跡を体験し、益々信仰が強められるのです。

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