「神の栄光を現すことを目的として生きる」

高森博介師

テキスト:詩19:1
「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。」

 以前、教会のこどものNちゃんが私に相談にきました。「おばあちゃんが自分の言うこと聞いてくれないから、聞くように言って。」と頼んできたのです。まだ幼いのでかわいいお願いとして聞こえますが、もし、成長した大人であれば自己中心的な願いでしょう。
 実際に、人間はどんなに成長したとしても自己中心的な考えになってしまいやすいものです。
 聖書は、神様によって創造されたものは神様の栄光を現すものであるといっています。自己中心的な思いは自分に都合よいことを神様に願ってしまうものですが、神様はご自身の栄光のために働かれます。私たちにとっては都合の悪いように見えることが起こることもありますが、それを神様はご自身の栄光のために、すべて益としてくださるのです。
 若い時にはあまり考えませんが、年齢を重ねるにつれ、死ということを意識するものです。私も同窓会に参加するたびに同級生がいなくなるのを見て意識しています。死とは私たちにとっての避けられない現実問題です。
 ラザロの復活(ヨハネ11:1-16、27-44)の場面では、たくさんの奇跡を起こしてきたイエス様を群集は信じることができませんでした。イエスを慕っていたマリアとマルタでさえも、ラザロが死んだことと、死後4日もたっているという現実を前に、ラザロのよみがえらりを信じることができませんでした。私たちは現実に目を止めるのではなく、イエス様のことばに目を止め信じるときに、この世の常識では不可能だと思える状況でも、あきらめずに希望を持って光の中を歩むことができるのです。試練も通りますが、そのことによって平安の義の実を結ぶことができるようになります(へブル11:12)。

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