母の日礼拝「神様に祝福されたマリア」ルカ1章26~45節

富高 尚師

 マリアは聖書に登場する人物の中で最も祝福された女性です。しかし、マリアが母として、妻としてどのように優れていたのかは聖書に記されていません。ただ、はっきりとわかることは、神様に喜ばれる信仰をしっかりと持っていたということです。今の世は、多くの情報があふれていますが、何を信じるかはとても大切です。マリアは決して変わることのない、神のことばを堅く信じていたのです。ですから、神様に祝福されました。天使ガブリエルは、「おめでとう、恵まれた方」と言い、エリサベツは「あなたは女の中で最も祝福された方」と言っています。
 祝福の第一は、「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。」(35節)とあるように、聖霊に満たされたということです。「あなたは身ごもって、男の子を産みます。」と、これからマリアの身に起こることを天使が告げた時、戸惑いながらも、マリアは「私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりにこの身になりますように」と応答しています。聖霊に満たされて主のみことばに従う時、神様は、マリアをメシヤの母として用いられたように、神様のご計画を実現する器として私たちを用いて下さいます。それは、この世で味わうことのできない喜びと祝福なのです。
 マリアが祝福された第二の理由は、「へりくだり」です。マリアは自分が小さい者、はしため(しもべ)であり、神の奴隷にすぎないことを自覚していました。神様は、高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えて下さいます。(Ⅰペテロ5:5)マリアは、神様が「低い者を高く引き上げ、飢えた者を良いもので満ちたらせる方」(52~53節)であることを知っていました。神様はそのマリアのこころを見られ、祝福して下さったのです。
 祝福の第三の理由は、「約束を信じ続けた」ことです。神様は、ひとたび約束されたことは、決して忘れることなく実現して下さいます。「私たちは真実でなくても、主は常に真実である。主はご自身を否むことができない」(Ⅱテモテ2:13)お方なのです。
 私たちは、御霊に満たされ、へりくだって主に仕え、約束を信じて生きる生き方をマリアに見ることができます。私たちも、聖霊に満たされ、へりくだって、みことばの約束を信じて生きる時、神様のご計画を実現する器として、必ず神様によって祝福された人生を送ることができるのです。
「主によって語られたことは必ず実現すると信じた人は、幸いです。」(45節)

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