驚くばかりの恵み Ⅱサムエル記9章1~13節

富高尚師

 ペリシテ人との戦いでサウルもその子ヨナタンも戦死しました。その後、ダビデがペリシテ人を打ち、イスラエルの王位につきます。今日の聖書箇所では、その時ダビデが、サウルの家の生き残りの者に「神の恵み」を施したいとサウルのしもべツィバを呼び出して探したということが書かれてあります。
 ダビデから神の恵みを受けたのは、ヨナタンの子でメフィボシェテでした。彼が受けた恵みは、驚くべきものでした。まず、祖父であるサウルの地所をすべて返してもらいます。また、サウルに仕えていたしもべのツィバの息子十五人と召使い二十人がメフィボシェテに仕えることになりました。そればかりではなく、ダビデの息子たちの一人のように、王の食卓で食事をする者となったのです。
 なぜ、彼はそのような驚くばかりの恵みを受けたのでしょうか。それはただ、ダビデとヨナタンとの契約のゆえです。(Ⅰサムエル20:16)メフィボシェテには何一つその恵みを受ける価値はありませんでした。むしろ、彼は自分で「死んだ犬のような私」(Ⅱサムエル9:8)と言っているように、当時は、新しい王が即位すると、前の王家の一族は皆殺しにされていたので、殺されても当然の者でした。また、彼が住んでいたのは、ロ・デバルというヨルダン川の東岸の町でした。ここは、「不毛の地」という意味で、「空虚な、満足のない地」です。彼は、そこで生涯を過ごすしかすべがありませんでした。さらに、彼は両足が不自由でしたので、自分では何もできない者でした。まさに、神様の助けなしには生きることのできない存在だったのです。
 これらの状況の中、メフィボシェテが受けた「神の恵み」はまさに驚くばかりの恵みであり、ダビデから一方的に与えられたものです。ダビデには何のメリットもありませんが、ヨナタンとの契約のゆえにダビデは真実を尽くしたのです。ダビデがメフィボシェテを探し出し、連れて来させ、神の恵みを施したのです。
 私たちも、このメフィボシェテが受けた神の恵みと同じ恵みに与った者です。すなわち、神様は、アブラハムとの契約によってすべての民族を祝福されました。背きと罪の中に死んでいた者(エペソ2:1)であったのに、イエス・キリストの十字架のゆえに罪赦されて、神の子どもとされました。(ヨハネ1:12)神の子どもとされた私たちは、神の国のすべての財産を受け継ぐ共同相続人とされました。(ローマ8:17)しかも、やがて私たちは天の御国において主と共に食卓に着く者とされたのです。(マタイ8:11)さらに、これらの恵みに加え、もっとも驚くべき恵みは、「永遠のいのち」が与えられたということですです。
 ダビデがメフィボシェテを探し出し、神の恵みを施したように、イエス様も罪人を探して救うために来て下さいました。私たちは、この驚くばかりの神の恵みを、イエス・キリストが私の罪のために十字架で死んでくださったこと、葬られたこと、三日目によみがえられたことを信じただけで受けたのです。それは、私たちから出たことではなく、神からの賜物です。(エペソ2:8)

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