「おどろくべき恵みはあなたにも」

三浦亮平師(十勝聖書フォーラム鹿追キリスト教会 牧師)

 アメイジング・グレイスの作詞者であるジョン・ニュートン。放蕩の限りを尽くしていた彼は、船乗りだった22歳の時、激しい嵐に遭い、死の間際の絶望のただ中で、少年時代以来の祈りを神に捧げ、奇跡的に生還しました。しかしこの後も、彼の生活は大して変わらず、奴隷船の船長まで務めていました。神の存在を認めることと、本当に神に信頼するのは別です。この時、ニュートンは、本当の回心には至っていなかったのだと思います。
 30歳の時、出港間際に脳出血で倒れ、船を下りたニュートンは、聖書を本格的に学び始め、38歳で牧師となりました。最初の赴任地は、教育も満足に受けられていない、貧しい人々の多い地区でした。この頃、人々に少しでも分かりやすく福音を伝えようと作詞した賛美歌の一つが、アメイジング・グレイスでした。
 ニュートンが奴隷廃止運動に関わり始めたのは50代からで、英国議会で証言をしたのは63歳の時でした。
 自分の犯していた、ある罪に気づくまでに、信仰告白をしてから、何年も、あるいは何十年もかかったという体験を、多くのクリスチャンはしていると思います。大切なのは、気づいたときに、悔い改めて立ち返ることです。
 ニュートンが召天した1807年に、英国の奴隷貿易は廃止されました。彼の証言も大きな役割を果たしました。
 アメイジング・グレイスは、悔い改めた者が、神を讃えた歌です。「私のようなどうしようもない罪人を、主は一方的にあわれみ、救ってくださった。」それが、「アメイジング・グレイス、おどろくべき恵み」なのです。私たちの信仰は、死ぬまで未完成です。生きている人に、完全な罪の悔い改めなどできません。ニュートンは、死ぬまで、主を慕い求め、何度も悔い改め、変わり続けたのだと、私は確信します。
 自分自身のことを振り返ります。20代、自転車旅行の最中に創造主の存在を認め、神学校へ進学し、牧師になりましたが、本当の意味で、主に信頼するまで、ずいぶんな時間が必要でした。
 人間の理性を重視するリベラル派から、聖書をそのままに信じる信仰へ。それまでいた組織を離れ、開拓伝道を初めて二年が過ぎました。計画も財もないところから始めたにも関わらず、会堂が与えられ、日々の必要も満たされています。
 主を信じ歩み始めてもなお、私たちは過ちを犯します。しかし、主は、自分自身を責め続けることなど求めておられません。悔い改めとは、方向を変えること。主から外れていた生き方を改め、主に向き直ることです。
 悔い改めるなら、主は、罪を赦してくださいます。「主イエスは、私の罪のために十字架にかけられ、死んで葬られ、復活された」と信じた者すべての内に、聖霊が住まわれています。
 聖霊が、私たちを導き、過ちに気づかせ、悔い改めを促されます。そうやって、成長させてくださるのです。
 主を信頼し、過ちを犯したなら、素直に悔い改め、変わり続けていくことです。共におられる主が、確かに導いてくださいます。人は、ただ、福音を信じて救われ、信じ続けることで変えられ、成長させられていくのです。

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