喜びの賛美(ルカの福音書2:1~20)

富高美和師

 イエス様は、預言者ミカが預言した通り、ユダヤのベツレヘムでお生まれになり(ミカ書5:2)、その預言の実現を知らせるために、み使いが羊飼い達に現れました。当時の羊飼いは、身分が低い者とみなされていましたが、神様にとって、この羊飼いたちは、神殿で生贄として捧げる羊を飼う羊飼いとして特別な存在として見られていました。彼らに、み使いが「喜びの知らせ」として告げたのは、永遠の生贄として、ご自身を捧げるためにこの地に降りて来られた救い主イエス様の誕生でした。「まして、キリストが傷のないご自分を、とこしえの御霊によって神にお献げになったその血は~」(へブル9:14)
 その喜びの知らせが告げられと、突然天の軍勢が現れて神様を賛美をしました。「~いと高き所で、栄光が神にあるように。地の上で、平和がみこころにかなう人々にあるように。~」み使いにも様々な働きが任せられていますが、この時賛美したのは、戦いに優れた天の軍勢です。そしてそのみ使いの数は「万の幾万倍、千の幾万倍(黙示録5:11)。何故、戦いのために整えられた天の軍勢が賛美するのでしょうか。それはイザヤ書9:6、7を見ると分かります。「ひとりのみどりごが私たちのために生まれる~その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に就いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これを支える。今よりとこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。」イエス様は、王であり、そして軍の将として勝利をおさめる方です。この方によって限りない平和が与えられ、神の国が永遠に堅く建てられます。イエス様の勝利によって、平和が実現されるのです。
 私たちは、かつては罪にまみれた人生を送っていました。その行く先は滅びであり永遠の死でした。しかし、イエス様がすべての罪を背負いその罰を十字架の上で身代わりとなって受けて下さいました。そして三日目に呪いの象徴である「死」を打ち破り蘇られたのです。その時にキリストによって「隔ての壁」が打ち壊されました。(エペソ2:14~17)それによって神様と人との和解がなされ、人々はイエス様の愛によって互いに愛し合い、イスラエル人と異邦人はイエス様にあって一つとなることが出来るのです。
 羊飼いたちは、すぐに出かけて行き、天のお告げの通りに救い主を見ました。見聞きしたことが、すべてみ使いのお告げ通りだったので、神様を賛美しながら帰りました。
 私たちの信仰生活は、イエス様の十字架の贖いによって喜びと賛美で満ちています。神である方が人となられた、この愛に感謝しましょう。

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