神のことばを心に刻む

富高美和師

「この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれをくちずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行うためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。」(ヨシュア記1:8)

 この御言葉は、これからヨルダン川を渡り、約束の地に今から足を踏み入れようとするイスラエルの民に対し、神様がヨシュアを通して語られた御言葉です。神様は、アブラハム契約の中で「約束の地を与える」と約束をして下さいました。しかし、約束の地には原住民がいて、戦いに勝ってその地を獲得しなければなりませんでした。ですから、彼らに「神様の約束のことばを心に刻みなさい。」と教えています。私たち、主を信じる者には、天国への希望があります。しかし、地上での歩みには様々な戦いがあります。その中で、私たちが神様の約束の言葉をしっかりと心に刻んで歩むなら、あきらめることなく、失望することなく、神様の御心にそった歩みをすることが出来、世の中での苦難に勝利し、約束の天国を体験することになるのです。
 ユダヤ人は、モーセ五書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)をとても大切にしています。古代ヘブライ語では「的をまっすぐに射抜く」という意味があり、「教える」「指図を与える」という意味もあります。ですからトーラーとは、神様から与えられたもので、人間が「的を射た」人生を歩むための導き手になるものです。神様が、私たちを愛し、目的をもってこの地に生み出して下さいました。神様の愛と教えのことばが沢山詰まっているのがモーセ5書です。
神様のことばを父が子に伝え、また次の世代に伝わっていく、そのようにしてイスラエルの民は心に刻んでいきました。そして神様のことばを心に刻んだ者だけが、主に喜ばれる「的を射た歩み」をすることが出来たのです。(アブラハム、ノア、モーセ、ダビデなど)
 何故、御言葉を口から離さないことが大切なのでしょうか。
私たちの口は、主を賛美するため、主の栄光を現すために与えられました。(イザヤ43:7)しかし状況によって、同じ口から不平、不満が出てしまう弱い者です。イスラエルの民も紅海が分かれた時は賛美しつつ主を礼拝しましたが、その三日後に「水がない」と不満をつぶやいたのです。不満が不信仰になり、つぶやき続けた民はついに荒野で死に絶えました。私たちは、口からでる不満が不信仰を呼び、滅びの門に向うきっかけになることを知る必要があります。
 戦いは心の内から起こり始めます。もし、私たちの心に神様の約束のことばを刻んでいるなら、サタンが不満の種を蒔いても、心の内で勝利することが出来、私たちの口からは勝利の宣言、そして主を賛美する言葉が発せられるのです。
 ですから、御言葉を暗唱しましょう。心に御言葉を蓄えましょう。神様のことばを心に刻みましょう。神様の約束を忘れる時、私たちの心に戦いが起こります。しかし、神様の約束は必ず実現します。昼も夜も主のことばを口ずさみ、信仰にいよって神様の御心を歩むなら、私たちは主によって豊かに祝福されるのです。

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