真の知識を得る エペソ人への手紙1章15~19節

高森基信

信仰と愛
パウロがまず初めにエペソの教会の話を聞いて心に感動を覚えたことは、教会の成長や人数の増加、経済的な祝福などではなく、教会の中で現わされている、「主イエスに対する信仰と、すべての聖徒に対する愛」でした。クリスチャンの中で関心が向けられなければならないこと、現わされなければならないことは「信仰と希望と愛です」(Ⅰコリント13:13)。

神からの栄誉
あるビジネス書に人格を育てることの大切さが書かれていました。人格を成長させる考え方として、自分が死んだときの葬儀にどのような人々が参列するのか、どのような弔辞が読まれるのかを想像して生きていきなさいということが記されています。葬儀には自分に感謝してくれる人が集まるのか、弔辞は人格を褒めたたえてくれるような言葉が語られるかを意識して生きなさいということです。しかし、クリスチャンの場合はこのこと以上に意識するべきことは、人生を終えた時に「神からの栄誉を受けることができるのか」(ヨハネ12:43)です。どんなに人生が成功したと思ったとしても、神様からの栄誉を受けることができなければ、この人生は空しいものなのです。

神を知ることが大切
熱心であっても正しい神様への知識がなければ、私たちの生き方は、当時のパリサイ人的な生き方と変わらないものになってしまいます(ローマ10:2)。そして神様に対する真の知識は栄光の父なる神ご自身が、「神を知るための知恵と啓示の御霊」を与え教えて下さるのです。その御霊はイエス・キリストの御名により、すべての人に与えられるものです。また、与えられる知識は、ぼんやり、漠然として知識ではなく、私たちに信仰を確固たるものにする、厳格で正確な体験的な知識であるのです。この知識を私たちは求めていく必要があります。神様に祈り求め、みことばから教えられることです。
神の力を知る(1:19)
ここに書かれている「力」は、一つはギリシャ語で「ドゥミナス」で、ダイナマイトの語源にもなっている岩をも破壊する強力なものです。もう一つは「エネルゲイア」でエネルギーの語源となっているもので、この二つの意味から、神の力がどれほど協力であり、エネルギーを与えるものであるかをパウロが興奮の中で語っていることを知ることができます。クリスチャンも神様の真の知識に立つのならば、パワフルで、エネルギッシュな人生を送ることができるのです。そして、御霊によって私たちすべての人にこのことを経験させてくださるのは、イエス・キリストを通して私たちに愛を示してくださった神様なのです。

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