「完全に 従うときに あらわれる神の栄光」

高森博介師

 私は救われた当初、牧師になろうとは微塵も思っておりませんでした。口の人(語ることが上手)ではないので、商売をしてたくさん捧げ物をし、神様のために、教会に仕えていこうと思っていたのです。 1970 年、大阪万博が開かれようとしていました。永井明先生は神様に示され、まだ、茨木キリスト福音教会も教会員 30 名くらいの小さな集まりでしたが、万代恒雄牧師をメッセンジャーとして迎え、市民会館を借りて 15 日間で 20 回のメッセージを語る万博聖会を開催したのです。その期間中の朝の集会で、私はメッセージをするようにと言われました。今までやったことがないので、どのようにすれば良いのか分からなかったのですが、みことばをたくさん暗唱していたので、みことばを引用して聖書をそのまま語らせていただきました。それしかできなかったのです。すると、一人の方が「とても恵まれました」と言ってくださいました。その時に「メッセージはみことばをそのまま伝えればいいんだ」と教えられ、再献身し沖縄へと遣わされたのです。みことばを語るときにたくさんの子どもたちが教会へと導かれてきました。今回、三週間ほど沖縄の祈祷院にいきましたが、祈祷院が奥まったところにあったので、移動が困難な場所でした。しかし、地元の方や、親切な若者を神様は備えて下さり、不思議とスムーズに道中を導いてくださいました。神様は全てを備え導いてくださる方なのだと、当時を振り返り、改めて思わされたのです。
 私たちは自分をどのように評価しているでしょうか。救われる前、私は自分が罪人だとは思っていませ んでした。むしろ、真面目に仕事し、評価されていたので自分は正しいと思っていたのです。しかし、聖書のみことばを聞いたときに、自分が罪人であることを理解しました(マルコ7: 20 23 、マタイ 2327 28 )。上辺がどのように正しく見えたとしても、人は皆、白く塗った墓のように、内側は腐った死体で汚れている罪人なのです。そして、聖書の真理のみことばがそれを悟らせることができるのです。
 聖書の中に、ナアマン将軍という人物が登場します(Ⅱ列王5 1 14 )。彼は強く賢く尊敬されていた将軍でしたが、体は重い皮膚病に侵され、体は腐り、死の恐怖の中にいました。表面的には素晴らしかったのですが、病のために平安はなかったのです。しかし、エリシャという預言者に出会い、「ヨルダン川へ行って七回あなたの身を洗いなさい。そうすれば、あなたのからだは元どおりになって、きよくなります。」という神様の言葉をいただき、それに従った時に、真のきよさと平安を得ることができました。 6 回身をひたすだけではだめでした。完全に従い 7 回身を浸した時に、ナアマン将軍の肌は「幼子のような肌」、完全になったのです。
 私たちのクリスチャン生活も完全に従うときに神様の御業が現われるのです。完全に聖霊様にゆだね従っていくときに、完全に悔い改めて従っていくときに神様の大きな御業が現わされるのです。
 「見よ、今は恵みの時、今は救いの日です。」(Ⅱコリ6:2)

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