「信仰に根ざす生活」

高森基信師

テキスト:使徒の働き16章16~26節
 新型コロナの世界的感染により、日本においても緊急事態宣言が出され、私たちの生活は一変しました。政治、経済、社会活動のもろさが露呈され、家庭においては自粛中に児童虐待、DVなどの被害が多くなったとのニュースを観ます。
 私自身はこの状況下で本当に大切なものが何であるか、大事にすべきものは何かを改めて考えさせられました。
「雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家を襲っても、家は倒れませんでした。岩の上に土台が据えられていたからです。」マタイ7章25節
夫婦の間で「信仰があって良かったね。」としみじみと語り、常識的には不安や恐れを感じる状況にあっても、神様による平安が家庭にありました。
 大切なことは私たちの生活が何によって支えられているかなのです。
 パウロはピリピで宣教中、占いの女(16節)から悪霊を追い出し、彼女によって多くの利益を得ていた主人たちから訴えられ、鞭を打たれて牢獄に入れられます。しかし、パウロとシラスは祈りつつ、神様に賛美を歌っていました(25節)。「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」(ピリピ4:6)どんな状況であっても、彼らは感謝をもって神様に近づき、主の前に賛美を捧げていたのです。そして、どんな試練の中にも神様が働かれることを確信していたのです。
 私たちはクリスチャン生活の中で、時として「生活に根ざした信仰」になっている場合があります。それは占いの女奴隷を持っていた主人たちと同じで、もろく滅びゆく生活です。パウロは神様の試練を通して信仰を強められ、「ありとあらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。」(ピリピ4:12)と語っています。信仰が成長し、どのような状況にあっても「信仰に根ざした生活」を送ることができたのです。すると、牢獄の土台が揺れ動き、扉が開き(26節)そこから彼らの新たな宣教の働きが開かれました。「私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできるのです。」(ピリピ4:13)これがパウロの告白です。私たちもどのような状況にあっても、主に信頼し、試練によって成長させられ、次に神様が土台を揺り動かし、どのような扉を開いてくださるのか希望を持って歩んでまいりましょう。

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