改めて

Ⅰコリント人への手紙 15章1~11節

富高尚師

 あえて「改めて」というタイトルにしました。それは、今日の個所はパウロがコリントの教会にいる、イエス様を信じて救われた人たちへ、あえて福音を「改めて」書いた箇所だからです。「福音」についてもよく引用される個所ですので、何度も聞いた方もおられるかと思います。でも、今日、私も「改めて」このところから語りたいと思います。
 この個所の、「改めて」という言葉は、新改訳聖書2017から追加された訳です。それまでの訳にはありません。しかし、詳訳聖書をみると、「あなた方に福音を思い起こさせたいのです。」とあるので、どうしてもパウロはコリントの人たちに改めて福音を語る必要があったのです。それは、「死者の復活はない。」(15:12)と言う人たちが出てきたからです。イエス様がよみがえられたことを信じていながら、復活はないということは福音が福音でなくなります。イエス様がよみがえられたことは歴史上の事実として、疑う余地がありません。
 なぜなら、イエス様の復活の事実を多くの弟子たちが目撃したからです。5節からみると、まずケファ(ペテロ)に現れました。それから十に弟子に現れたのです。最もイエス様の身近にいて寝食を共にした弟子たちです。その後、五百人以上の兄弟たちに同時に現れ、ヤコブに現れました。ヤコブはイエス様の兄弟です。生まれた時から生活を共にしてきました。これらを見るとき、復活のイエス様に会ったのは一人や二人ではなく、また、よくイエス様を知る人たちです。見間違うことなど、決してありえないことだと言えるでしょう。私たちも、直接、肉体を持ったイエス様と出会ったことはありません。だからと言って、復活はないとは言えません。パウロは最後に月足らずで生まれた者のような私にも現れてくださったと言っています。(8節)これは、使徒の働き9章の出来事ですが、それはイエス様の「声」だけでしたが、この出来事を境に、パウロの生涯は一変したのです。復活のイエス様との出会いは、私たちの生き方を全く新しく変えるのです。今日、イースターを祝っていますが、「改めて」イエス様の復活の事実を確信してまいりましょう。
 また、イエス様の復活は、単にイエス様の復活だけを祝うのではありません。イエス様は、眠った者の「初穂」として死者の中からよみがえられたのです。(Ⅰコリント15:20)イエス様が初穂なら、私たちもそれに続き、キリストに属する者として、キリストと同じ栄光のからだに必ずよみがえるということです。(Ⅰコリント15:23)
 パウロは、最も大切なこととして、コリントの教会に「改めて」福音を伝えました。それは、この復活の事実が私たちの信仰の土台であり、主の来臨の時、必ずイエス様を信じて死んだ者はよみがえり、その時、生きている者はイエス様と同じ栄光のからだに一瞬のうちに変えられるのです。ここに私たちの希望があることを改めて確信し、イエス様のよみがえりを共に祝いましょう。

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