「主の御名を呼ぶものは救われる」

高森基信師
テキスト:ヨエル書2章32節
「しかし、主の御名を呼び求める者はみな救われる。」
未曽有の事態が起こっている一年、私たちクリスチャンはどのように対処していけばいいのでしょうか?必要なのは「主の御名を呼び求める」ことです。
 ヨエルが預言者として立った時代というのは、イナゴの大量発生による飢饉や敵国に囲まれ侵略されそうになっていたイスラエルの危機的時代でした。その時の神様の言葉が「主の御名を呼び求める者はみな救われる」だったのです。
主の御名
ユダヤ人は「主の御名」に対して恐れを持っていました。十戒にもあるように「主の御名をみだりに口にする者は罰せられる」という意識があったからです。悪いことではありませんが、彼らは主の御名を恐れるあまり、発音することすらできないように、子音を除いて言い伝えてきました。今日は「ヤハウェ」と呼ばれていたのではないかと研究によって分かってきているようですが、それほどまでに恐れていたのです。しかし、その反面、地や空、エルサレムを指して誓うというように、他のものに誓い、神の名に誓ったのでないからと、誓約に対する責任も軽くしていたという歴史もあるようです。
神様へのイメージを変える
日本人は特に、神様の存在を「お天道様が見てるよ。」「罰があたるよ」など、悪いことをした時の注意のとして使われ、神様が恐ろしいというイメージを持ちやすいです。しかし、イエス様はご自身を通して神様に対するイメージを示されました。病の中にある人を癒し、問題を抱えていた罪人たちの傍におられ、愛なる神様のイメージを示されたのです(マタイ4:23~25)。パウロはイエスを主と告白し、福音を信じるなら、神様はすべての人に豊かに恵みをお与えになる方であると語っており(ロマ10:9~13)、ヨエル書の箇所を引用しています。神様は私たちに罰を与えるためにイエス様を遣わしたのではなく、豊かな恵みを与えるために遣わされたのです。だからこそ、私たちは間違った恐れ方をせず、信仰を持って主の御名を呼び求めることができるのです。私たちがイエスを主と告白し、信頼をする時に主の御名を呼び求めることは私たちの救いとなります。なぜなら、この御名の他には救いはないからです(使徒4:12)。
こんな時代だからこそ、主に信頼し、主の御名を呼び求めていきましょう。

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