信仰とは

高森博介長老牧師

 今、世の中はコロナウイルスの情報でいっぱいです。私たちもそれらの情報に心が影響されがちですが、「私には、いつも主の守りがある!」と信じて神様に信頼し、与えられた永遠のいのちに目を向けていくことは大事なことです。
 「 いと高き方の隠れ場に住む者その人は全能者の陰に宿る。私は【主】に申し上げよう。「私の避け所私の砦私が信頼する私の神」と。主こそ狩人の罠から破滅をもたらす疫病からあなたを救い出される。主はご自分の羽であなたをおおいあなたはその翼の下に身を避ける。主の真実は大盾また砦。」(詩篇91:1~4)
 今から約50年前。宮崎の延岡で開拓するにあたって、一番必要なものは「信仰」でした。何もわからない、だれも知らないという中で、どっと恐れがやって来た時、祈るしかありませんでした。祈って祈って、真夜中まで祈って、そして神様は私の内にはっきりと語って下さいました。「わたしに求めよ。わたしは国々をあなたへのゆずりとして与える。地の果ての果てまであなたの所有として。」(詩篇2:8)と。このことばが与えられると、先ほどまでの恐れがうそのように消え去り、喜びでいっぱいになりました。その時、神様が「信仰」を与えて下さったのです。神様が喜ばれることは昔も今も一緒です。「信仰がなければ、神に喜ばれることは出来ません。」(へブル11:6)不思議なことに、現状が何も変わっていないのに、信仰が与えれると、すべてが平安に満たされました。神様のことばが心に満ちた経験でした。神様は生きて働かれる方です。私たちはこの方に信頼してしっかりとした歩みをしていくのです。
 私たちは神様の中に生き、動き、存在している者です。神様は聖なる方ですから、私たちが神様に近づこうとすればするほど、自分の罪、汚れが示され苦しくなりますが、聖霊様が私たちを聖めて下さるのです。私たちが、聖なる神様の前に自分を聖く保つことは大事なことです。
 今は、聖霊様が働かれる時代です。聖霊様が私たちの心を探り、聖霊様が私たちに罪を教え、聖霊様が語って下さいます。この聖霊様によって「信仰」を持つことが出来るということを覚えていきましょう。聖霊様がおられるなら、神様の力によって大胆に語り、神様の力によって正しい歩みをし、神様の業を行うことが出来るのです。信じましょう。

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