「ミラーリング」

髙森基信師
テキスト:出エジプト記34章29~35節
私たちの脳の神経細胞の中には「ミラーニューロン」といって、人と共感して反応する神経細胞があるそうです。自分は動いていないのに、目の前の人がしている動作で同じ脳の神経細胞が活動するのです。
人間は見ている対象の影響を受けやすいことが脳の働きを見ても分かります。聖書の中で人が「羊」に例えられているように、羊は目先しか見えないので、前の羊についていく性質があります。目先の草に気をとられて迷ってしまったりすることもあるようです。羊飼いがいないと生きていけない存在なのです。
十戒の書かれた板を受け取ったモーセは、神様と話したことにより肌が光を放っていました。イスラエルの民は彼に近づくのを恐れました。ですから、モーセは民の前で覆いをかけ輝きを隠していたのです。パウロは、「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと主と同じ姿に変えられて行」(Ⅱコリ3:18)くと語っています。輝きを見て恐れるのではなく、それを反映していく者となっていきましょう。影響を受け安いということは、裏を返せば従順であるということでもあるのです。
私たちは何を見ているのか
神様の栄光を輝かせるためには、私たちは神様を見ていなければなりません。この世の物に目を留めていては、この世の物を「ミラーリング(鏡のように映し出)」してしまうのです。「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい」(へブル12:2)。イエス様を見るときに、私たちは神様を知ることができます(コロサイ1:15、へブル1:3)。私たちは礼拝、聖書のみことば、祈りを通してイエス様を見、イエス様を通して神様と出会い、その栄光を鏡のように反映させることができるのです。
互いに影響を与え合う
なぜ集まることが大切なのでしょうか?それは教会(集まり)の中に確かに主がおられるからです。しかし、その集まりが励ましとなるものでなければなりません。裁き合いや「恐れ」を与える集まりは主の御心でないからです。互いに励まし合い、徳を高め合う交わり(Ⅰテサ5:11)が大切です。罪に惑わされてかたくなにならないためにも(へブル3:1)日々互いに励まし合って主のわざに励むものとなっていきましょう。

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