愛する兄姉の皆さまへ

高森博介長老牧師

「まず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」(マタイ19:33)

この御言葉が、宮崎福音教会の長老牧師として最後の礼拝メッセージです。

天の御国において「神様の祝福、天の宝」は存在します(マタイの福音書6:19~21)。しかし、神様の御言葉を受けて立ち上がるか立ち上がらないかで「祝福」を受け取るか受け取らないかが変わってくるのです。御言葉を「読む」だけではない「祈る」だけではない、その御言葉を信じて一歩踏み出す時に私たちは祝福を受け取るという尊い経験をします。「信仰がなければ、神に喜ばれることは出来ません。」(へブル11:6)大事なのは「信仰」であり、この信仰によって生きる者が天の御国を受け継ぐ者となると聖書は語っています。

ある時、イエス様のもとに百人隊長が来て「病気のしもべを直して下さるように」とお願いしました。イエス様はしもべのところに行こうとされましたが、百人隊長は「お言葉だけ下さい。その通りになりますから。」と言い、イエス様はこの隊長が神の言葉にどれだけの力があるかを信じ切っていることに驚かれ、喜ばれました。その信仰の通りに、しもべは癒されました。

「信仰」とは、私たちの身を飾るアクセサリーのようなものではなく、実際に生活の中で生きて働く神様の力、そして御国への道を示してくれる重要なものです。時に、祈っていても答えがないことがあります。しかし、答えが与えられるまで信じて祈る、確信が与えられるまで信じて祈り続けるのです。

宮崎の延岡市での最初の開拓の時。誰も知らない土地で何からスタートすればいいか分からない状況の中、とてつもない不安が襲ってきました。いたたまれなくなった私は、五ヶ瀬川で神様に叫んで祈り続けました。すると「わたしに求めよ。わたしは国々をあなたへのゆずりのとして与える。」(詩篇2:8)

ということばが私の心にど~んと与えられ、状況は全く変わっていないにも関わらず大丈夫だ!という確信が与えられました。その後の伝道集会で32名の決心者が起こされ、次の日曜日には、私と妻をあわせて15名の人々と礼拝をもつことが出来ました。「人には出来ない、しかし神には出来る」という素晴らしい体験をし、想像以上の恵みの中で感謝を捧げました。

初代教会は、聖霊の力により偉大な働きを成し遂げました。弟子たちは恐れることなく福音を語り続けました。彼らの踏み出す力、その信仰は聖霊様が与えて下さるものでした。自分の力で送る信仰生活には限界があり、疲れを覚えます。しかし、今の時代は聖霊が働かれる時代。聖霊様が助け主となって、私たちに信仰を与え、一歩踏み出す力を与えて下さいます。まず神の国とその義を第一に求めましょう。これが、最後に愛する兄姉に一番伝えたい大切なことです。これからも、皆様の祝福を覚え祈り続けます。

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