神の国の中心は?

富高美和師
「~たちまち私は御霊に捕らえられた。すると見よ。天に御座があり、その御座に着いておられる方がおられた。~」(黙示録4章)
 
これは、迫害のためにパトモス島に流されたヨハネが、霊の目が開かれて目撃した「神の国」です。目に見える物質の世界では、ローマ帝国が世界の中心であり、ローマ皇帝が世界を支配している存在として君臨していました。しかしヨハネは、イエス様によって救われた神の子、神の国の民が王としてあがめるべきお方が、神の国の御座(とこしえに続く創造主の主権、支配、臨在)に座しておられることをはっきり啓示されました。「私たちは見えるものにではなく、見えないものに目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くからです。」(Ⅱコリント4:16~18)
 永遠の主権者に向かって礼拝がなされている光景は、あまりの現実の世界とのギャップ(白い衣をまとい、冠をかぶる24人の長老、4つの生き物)があり、それぞれが昼も夜も絶え間ない賛美を捧げている姿は孤独を感じていたヨハネにとってどれだけ励ましとなったことでしょうか。
 「天で行われていることが、地でも行われますように。」
天での礼拝を地上で現わす、これが教会に与えられている役割です。礼拝だけではない、御座におられる方の御心を知り、なされようとするご計画の中で神様の栄光を現わすものとして遣わされることも大切な使命です。(マタイの福音書18:18)教会は、天と地をつなぐ機関であり、2人でも3人でイエス様の名によって集まるところに神の国の権威が現わされます。「まことにもう一度あなたがたに言います。あなたがたのうち二人が、どんなことでも地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父はそれをかなえて下さいます。二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいるのです。」(マタイの福音書18:19、20)
 この世にあっては、国を動かすリーダーは時代によって変わり、決められた法律も時代に合わせて変わっていきます。しかし、私たち神の国に生きる者は、天の御国に目を向けて信仰生活を歩む必要があります。「聖なる、聖なる、聖なる、主なる神、全能者。昔おられ、今もおられ、やがて来られる方に。」「主よ、私たちの神よ。あなたこそ栄光と誉と力をうけるにふさわしい方。あなたが万物を創造されました。みこころのゆえに、それらは存在し、また創造されたのです。」(ヨハネの黙示録4:8~11)
御座に座しておられる方に向かって、霊とまことの礼拝をささげてまいりましょう。この方が初めから最後まで知っておられ、この方によって神の国が完成させられるのです。ただただ信頼し、従っていきましょう。

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