イエス様のことばを思い出す

富高尚師  ルカの福音書 24章1~12節
今日は、イエス様の復活を祝うイースターです。この「復活」という出来事は、にわかには信じがたい出来事です。現代の私たちにとっては、実際にその現場を見たわけではありませんし、直接、復活のイエス様の姿をみたわけでもありませんから「よみがえられた」と言われても、そう簡単には信じられません。しかし、今日の聖書箇所を見ると、いつもイエス様の側にいて、イエス様の教えを聞いていた女性たちでさえ、イエス様の亡骸が墓にないのを見て「途方に暮れた」とあります。(ルカ24:4)
彼女たちは、安息日の前日に、アリマタヤのヨセフと共にイエス様のからだが墓に納められる様子を見届けていました。(ルカ23:55)安息日を挟んで、週の初めの日の明け方早く、墓に行って見ると、イエス様のからだが見当たらなかったのです。「死んで墓にあるはずのからだかない」という事実を見ましたが、「よみがえられて墓にはいない」という事実には思いが至りませんでした。
そんな途方に暮れている彼女たちに御使いが二人来て、「どうして生きている方を死人の中に捜すのですか。」(ルカ24:5)と言いました。私たちも毎日の生活の中で、目の前の現実だけを見るなら、私たちの思いや考え、常識の世界の中だけの自分中心な信仰生活に陥ります。彼女たちが、あるはずのイエス様の亡骸がないのは、誰かが盗んだのだと勝手に思い込んで途方に暮れてしまったように、自分の思った通り、願った通りの現実とかけ離れたことがおこると受け入れられずに途方に暮れるのです。
また、二人の御使いは、イエス様が墓にいないのは、「よみがえられた」からだと彼女たちに伝え、「まだ、ガリラヤにおられたころ、主がお話になったことを思い出しなさい。」(ルカ24:6)と言いました。イエス様は、弟子たちや集まった多くの人々に「人の子は必ず罪人たちの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえる。」と、はっきり語っておられたのです。
二人の御使いが、そのことを思い出すようにと彼女たちに伝えたことで、彼女たちはイエスのことばを思い出しました。(ルカ24:8)
復活の事実を信じることは、私たちが知っている常識や考えや思いで信じるのではありません。「復活」は、聖書にあらかじめ預言されていた事であり、イエス様ご自身が十字架で死なれる前に語っておられた事なのです。そして、実際にその通りのことが実現したということです。二千年前に二人の御使いが彼女たちにそのことを思い出させてくれたように、今は、助け主なる聖霊様が私たちにイエス様のことばを思い出させてくださり、(ヨハネ14:26)実際にはまだ見ていない事実を信じることができるようになるのです。

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