子どものように

富高尚師 ルカの福音書 18章15~17節     
「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに入ることはできません。」(ルカ:18:17)とイエス様は言われました。「神の国を受け入れる」とは、救わることや永遠のいのちを得ることと同じことを意味しています。神様が与えて下さる「救い」とは、ただ信じて、子どものように、素直に受け取れば良いと言われているのです。
子どもは、良いものを素直に受け入れます。人の目や周りを気にせず、遠慮することはありません。しかし、私たちは大人になって、知識や経験を積み重ねるうちに、良いものを素直に受け取ることができなくなってしまいます。自分にはそれを受ける資格があるのかとか、人から自分はどのように見られているのかを心配して、素直に受け取ることができないのです。神様がどんなに良いお方なのかを忘れ、人を基準に判断してしまっているのです。
神の国を受け入れることは、決して難しいことではありません。もし、難しいことを神様が要求されたのなら、誰もそれを行うことはできないでしょう。しかし聖書は、「みことばは、あなたのすぐ近くにあり、あなたの口にあり、あなたの心にあって、あなたはこれを行うことができる。」(申命記30:14)と教えています。この世の常識や価値観を身に着けて成長するのではなく、神様がどのようなお方なのかを知ることによって、素直に祝福を受け取る者へと成長しなければなりません。自分の子がパンを求めているのに石を与えたり、魚を求めているのに、蛇を与えるような方ではありません。天におられるあなたがたの父は、ご自分に求める者たちに、良いものを与えてくださる方なのです。(マタイ7:9~11)天に昇って天にあるものを取って来いとか、海に潜って海の底の物を取って来いとかを要求されているのではありません。神様はすでに私たちに「みことば」を与えてくださいました。それは、聖書であり、イエス・キリストです。(ヨハネ1:1)
私たちは、神様が良いお方であり、私たちに必要なものをいつも与えて下さると信じて、子どものように大胆に神様に近づけば良いのです。それは、からし種ほどの小さな信仰かもしれませんが、やがて鳥が巣を作るほどの大きな木になるのです。(マタイ13:31~32)
私たちの信仰が、からし種ほどの小さなものであったとしても、みことばに従って、今できること、すぐにできることから実行してみましょう。イエス様の身近にいた弟子たちが、子どもたちがイエス様に近づくことを妨げたように、自分にできることをためらったり、人が神様のためにしようとすることを妨げたりしないで、そこが神の国の喜びで満たされるようになると信じて、子どものように素直に神様に喜ばれることをやり続けましょう。

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