イスラエルの王として

富高尚師 ヨハネの福音書 12章12~19節

過ぎ越しの祭りのために、エルサレムの町にはたくさんの人が集まっていました。そして、大勢の群衆は、イエス様が来られると聞いて、なつめ椰子の枝を持って迎え、大声で「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に。」(ヨハネ12:13)と叫びました。「ホサナ」とは、主よ、今、私たちを救ってください。という意味であり、同時に主を賛美する言葉です。(詩篇118:25~26)

イエス様は、私たちを罪から救うためにこの地上に人となって来られ、そして、十字架で救いの道を完成されました。しかし、それだけではありません。イスラエルの王であり、神の国の王として来られたのです。イエス様は、そのことを預言の成就として人々に知らせるために、ろばの子を見つけて、それに乗られ、エルサレムに入られたのです。「娘シオンよ、大いに喜べ。娘エルサレムよ、喜び叫べ。見よ、あなたの王があなたのところに来る。義なる者で、勝利を得、柔和なろばに乗って。雌ろばの子である、ろばに乗って。」(ゼカリヤ9:9)という預言がこの時、成就しました。

しかし、多くの群衆は、イエス様がラザロをよみがえらせたことを聞いて集まったのであり、神の国の王としてではなく、ローマの支配から開放してくれる現実の地上の王となってくださる方だと期待して集まりました。それは、弟子たちもまた同じでした。(ヨハネ12:16)

それだけではありません。そこにいたパリサイ人たちは、聖書に精通し、預言も知っていたにもかかわらず、メシアとして来られたイエス様を受け入れず、殺そうと企てていました。(ヨハネ11:53)その計画がうまくいっていないことを嘆いていたのです。(ヨハネ12:19)

十字架の御業による救いは、聖書の中でも最も大切な福音です。しかし、それだけ知っていれば良いのではありません。神様のご計画であり、みこころである聖書の預言は、必ず実現するということを知り、信じなければなりません。二千年年前に、王としてこの地上に来られたイエス様は、もう一度、来られます。天に上っていくのと同じ有様で、またおいでになります。(使途1:11)二千年前にも預言のとおりに来られたのですから、また、預言のとおりに必ず来られるのです。その時は、異邦人とユダヤ人が一つとなってイエス様を王として迎え、神の国が完成さる時となります。ハレルヤ!

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