御国の王として

富高美和師 (ルカの福音書23:32〜47)

「〜父よ。彼らをお赦し下さい。彼らは、自分が何をしているのか分かっていないのです。〜」

イエス様が宣教を開始された時、「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」と言われ、御国の福音を人々に伝えられました。イエス様がおられるところには、聖霊による義と平和と喜びがあり、そして人々はイエス様がおられる場所で御国を体験しました。病が癒やされ、悪霊が逃げていく、涙を流してイエス様のもとに来たものが喜びながらイエス様に仕えるようになる。

しかし、御国の王として歓迎されるはずのイエス様は、祭司長や律法学者をはじめとするユダヤ人に「王ではない。」と拒まれてしまいました。

イエス様は、二人の犯罪人と共に十字架につけられました。ローマの兵隊も、祭司長や律法学者も、道ゆく人々も、両サイドにいた二人の強盗も、「神の子なのに自分を救うことも出来ないのか!」とののしり、あざけりました。しかし、両手両足を釘で刺され、息が十分に出来ない状況の中で、イエス様は「父よ。彼らをお赦し下さい。彼らは自分で何をしているのか分かっていないのです。(自分たちが待ち望んでいた御国の王を拒んでいる)」と祈りました。一回の祈りではなく、罵られるたびに、何度も何度も口に出してとりなしました。普通だったら、じわじわ襲ってくる苦しみの中で自分のことしか考えられず、悔やみ、また人々を罵倒してもおかしくない、そのような状況の中でイエス様は祈り続けたのです。その姿を見て、二人の強盗のうち一人が罪を悔い改め、主を恐れ、立ち返ったのです。「イエス様。あなたが御国に入られる時には、私を思い出して下さい。」(ルカ23:42)イエス様こそが、人々を愛し、人類のすべての責任を負って下さる(ヨハネの福音書3:16)「御国の王」であることが聖霊によって啓示された瞬間でした。その願いに、イエス様は王として(ヨハネの福音書18:36,37)答えられたのです。「まことにあなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」と。それは、「あなたは永遠にわたしと共にいるよ。」という約束でした。

イエス様を御国の王として認め、共に歩むということは本当に大事なことです。やがて、イエス様が来られる時にはっきりと知ることが出来るようになるのです。この地上にあって、御国の王に従い、準備していきましょう。

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