不動の者

富高尚師 Ⅰペテロ5章8~11節

今は、終わりの時です。悪魔は必死にクリスチャンを誘惑し、一人でもその恵みから引き離そうと働いています。このペテロの手紙が書かれた時代も、クリスチャンへの迫害が最も激しくなった時代でした。ですから、今の私たちへの警告としてペテロのことばをしっかりと受け止めましょう。

クリスチャンであっても、悪魔(サタン)や悪霊と聞くと、半信半疑で受け止める方がいたり、また、必要以上にその存在におびえたりする人がいますが、しっかりと、その存在と策略を知って、警戒しましょう。まずは、そのことが「身を慎み、目を覚ます」ことになります。

また、サタンの策略や攻撃は「嘘」と「ごまかし」です。巧みに神様から目をそらさせ、私たちを気落ちさせ、失望させ、戦う意欲を失わせるのです。私たちの信仰の姿勢が、中途半端ではいけません。しっかりと神様の側に立つことが大事であり、そのことを選び取り、決心することです。その上で悪魔に立ち向かわなければなりません。この世は、サタンの支配下にありますので、お金や名誉や快楽で私たちを誘惑し、私たちの信仰の土台を揺るがしてくるのです。聖書の中でも、また今の時代でも、信仰の先輩たちはそのような中で多くの苦難を通らされて来ました。

なにより、この手紙を書いたペテロはイエス様と出会った時には「シモン」という名でした。それはふらふらと揺れ動く葦です。しかし、イエス様を「生ける神の子キリストです。」と信仰告白した時に、イエス様からペテロという名を与えられ、天の御国の鍵を与えられたのです。(マタイ16:16~19)ただ、その名の通りのペテロになるためには、イエス様を裏切り、三度も知らないと主を否定するという辛い体験、試練を通らされました。その失敗を通して彼はその名の通り「不動の者」とされたのです。

私たちもペテロのようにこの世にあって様々な誘惑や試練の中にあります。私たち自身が自分の努力で不動の者となることはできません。私たちが「不動の者」となるためには、揺り動かされることなのないお方の上に立つことです。それはイエス様です。イエス様こそが、私たちの土台であり、選ばれた、貴い生ける石(要石)なのです。(Ⅰペテロ2:4~6)いつも、イエス様のもとに行き、イエス様の土台の上にしっかりと立ちましょう。

コメントを残す

コメントを投稿するにはログインしてください。