人間をとる漁師にしてあげよう

富高美和師(マタイの福音書4:17〜25)

イエス様が、ガリラヤから宣教を開始されることは、預言者イザヤによって預言されていました(マタイの福音書4:17~25)。

イエス様の宣教により、闇の中に住んでいた民は大きな光を見ることになります。イエス様は「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持ちます。」(ヨハネの福音書8:12)と言われました。

イエス様は、宣教のために自ら弟子たちを集められました。初めに声をかけられたのが、ペテロとアンデレ、ヤコブとヨハネ。彼らは皆漁師でした。イエス様はガリラヤ湖のほとりを歩いておられた時、ペテロとアンデレが網を打っているのをご覧になられました。そして「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」と声をかけられました。ペテロはすぐに網を捨ててイエス様に従いましたが、どうして何の疑問も持たずに「すぐ」行動することが出来たのでしょうか?

彼らはもともとバプテスマのヨハネの弟子だったことが聖書を読んでいるとわかります。そしてそのヨハネがイエス様を見て「見よ。世の罪を取り除く神の子羊。」と証言しました。そのことばを聞いてペテロの兄弟アンデレはイエス様の泊まっている家に行き、一晩共に過ごしたことで、イエス様がメシアであることを確信し、ペテロにこう告げます。「メシアに会った。」と。

でも、それを聞いただけでは全てを捨てて従うことは難しいことです。イエス様は喜んで従うことが出来るように、ペテロにある体験をさせました。(ルカの福音書5:1〜11)

イエス様は、ペテロに陸から少し漕ぎ出すように頼み、腰をおろして群衆を教えられた後、「深みに漕ぎ出して、網を下ろして魚を捕りなさい。」と言われました。ペテロは「夜通し働きましたが、何一つ捕れませんでした。」と言いましたが、すぐに「でもおことばですので、網をおろして見ましょう。」と言ってイエス様のことばに従いました。するとおびただしい数の魚が入り、網が破れそうになりました。2艘の船でも沈みそうになるほどの魚の量だったのです。ペテロは驚き、この方こそメシアだと確信したのです。イエス様のことばに「従う」時に、「奇跡」を体験しました。ですから、その後にイエス様が「わたしについて来なさい。」と言われた時、「この方と共のいるなら、御国を味わうことが出来る」という喜びの中で従うことが出来たのです。4人の漁師たちが、イエス様の弟子の中でも中心的な役割を担いますが、イエス様と共に過ごすことで、「御国の福音」をイエス様が伝えるのを自分の耳で聞き、神の国を体験(癒し、開放、愛、喜び)することが出来ました。

イエス様は、私たちにも「人間をとる漁師にしてあげよう。」と言われます。人々に永遠のいのちを教え、暗闇から光の世界に導く働きを神様の御言葉に従いつつ、聖霊様に満たされて前進して行きましょう。(使徒1:8)

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