世界のはじめ

富高美和師 「はじめに神が天と地を創造された。〜」(創世記1章)

 

家庭集会に来られた新しい方がこう言われました。「今の世の中を見て感じることがある。それは、神様は人間を見て匙(さじ)を投げられたんだと。」

確かに、私たちが今目にしている世界は「壊れた世界」です。自然が壊れ、政治が壊れ、教育が壊れ、人間関係が壊れている。でも、最初から壊れていたわけではありません。神様は、はじめに「完璧な世界」をお造りになりました。

何故、壊れてしまったのか?それは、人間が神様から離れてしまった結果なのです(創世記3章)。それで神様は人間に対し匙を投げられたのでしょうか。いいえ、そうではありません。聖書には、神様が何度も何度も人間に対し語り、手を差し伸べておられ「癒しの神」「回復の神」であることを示して下さっています。今もなお、天の御国を回復するために、神様の計画は前進しているのです。

はじめに神様が天と地を創造された時、神様は「光、あれ。」と言われました。神様の「ことば」によって天地が創造されたのです。この光は神様の栄光の光であり、神様は旧約の時代「光」となって民にご自身を表して下さいました。ダビデは「あなたのみことばは、私の足のともしび。私の道の光です。」(詩篇119:105)と告白しています。神様のことばが光となって人々を導いたことが分かります。そして、イエス様がこの地に来られて言われました。「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持ちます。」(ヨハネの福音書8:12)天の父とイエス様が一つであり、イエス様は神様と人間の関係を修復するためにこの地に来て下さいました。

神のことばによって、いのち溢れる天と地が創造され、6日目に人間が創造されました。「さあ、人を造ろう!」(1:26)そして、人間を特別な存在としてエデンの園に置き、地を神の御心の通りに管理するよう言われました。何が特別なのでしょうか。①霊を持つ存在(2:7)「神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければならない。」(ヨハネの福音書4:24)

人は、霊なる神様と人間の内なる霊をもって関係を持つ存在として造られました。この神様との関係を持つ時に、人は「生きたもの」となります。また、②ことばをもって交わる存在として造られました。「人が一人でいるのは良くない。」(2:18)人は孤独な存在として造られていません。神様と交わり(礼拝)、そして人と交わる時に天の喜びを味わうことが出来るのです。

人が造られた目的は、創造主なる神様をほめたたえ、永遠に喜び礼拝することです。私たちのために神様がいるのではなく、神様の栄光のために私たちがいるということを知りましょう。そして、神様の栄光のために生きるなら、聖霊様が働かれ、私たちの内からいのちの水の川が溢れ出るようになり、多くの方に喜んで福音を伝えることが出来るのです。(ピリピ2:1〜11)

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