イエス様だけが「道、真理、いのち」

 富高美和師 (ヨハネの福音書14:1〜6)

「イエスは彼に言われた『わたしが道があり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことは出来ません。』

私たちは、どのような時に不安になりますか?

それは「分からない」時ではないでしょうか。将来がどうなるか分からない、病気の原因が分からない、解決方法が分からない・・・。

過越の祭りの食事の時、イエス様は「わたしが行くところに、今はあなたがたは来ることが出来ません。」(ヨハネ13:33)と言われました。イエス様がどこに行くのか理解することが出来なかった弟子たちは途端に、不安になり、「イエス様、どこに行くのですか?」と問いました。そのような不安に襲われている弟子たちに、イエス様は「心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。」(ヨハネ14:1)と励まされました。不安になる時、神様は「わたしを信じなさい。」と言われます。何故なら、「分からない」すべての解決は天地を創られた神様が持っておられるからです。イエス様は、私たちに住む場所を用意するために行かれ、そして場所を用意されたら戻って来られると約束して下さいました(ヨハネ14:2、3)。その場所とは「父の家」つまり「神の国」です。弟子のトマスは「どのようにして行けば良いか分からない。」と言いました。その答えとして「わたしが、道であり、真理であり、いのちなのです。」とイエス様は答えられました。「イエス様を通してでなければ誰一人父のみもとに行くことは出来ない。」それがイエス様の答えです。「道」はヘブル語で「デレフ」。これが聖書の最初に使われたのが創世記3:24です。アダムは罪を犯し、エデンの園から追放されました。その時に「いのちの木」に至る「道(デレフ)」が閉ざされました。

イエス様は、人間の罪によって閉ざされた道を開くために、十字架にかかって身代わりの罰を受けて下さいました。ですから、イエス様はご自身を「いのちの木(永遠に神と共に生きることが出来る)」に至る「道」だと言われたのです。イエス様が語られることばはすべて「真理」であり、その真理は決して揺るぐことがありません。「この方は恵みとまことに満ちておられた。」(ヨハネ1:14)「わたしは真理を証するために来た。」

イエス様が用意される場所「父の家」に行く方法は一つです。それは、イエス様が私たちの罪のために十字架にかかり、三日目に蘇ったという事実を信じることです。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは、御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書3:16)

父のみもとに行く方法は一つ。この真理を知っている私たちは、一人でも多くの人々に福音を伝え、「イエス様だけが道であり、真理であり、いのちである。」ことを大胆に証して参りましょう。

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