イエス様の約束

富高尚師 ヨハネの福音書 14章12~17節

イエス様が十字架にかかられる、「過ぎ越しの祭り」の前日のことです。イエス様は、ご自分を信じる者への約束を語られました。

まず第一に、イエス様を信じる者は、イエス様と同じわざを行い、さらに大きなわざを行うこと。第二に、わたしの名によって求めることは、何でもそれをしてあげること。第三に、もう一人の助け主をお与えくださり、その助け主がいつまでも、あなたがたとともにいるようにしてくださるということです。これらを「わたしを信じる者」に与えるとイエス様は約束されました。

イエス様を信じるなら、これだけ素晴らしい恵みが約束されているのです。しかも、この約束は、イエス様を信じるなら、だれでも、すべてが無条件で与えられます。そして、イエス様を信じた時に瞬時に与えられます。また、その恵みは一時的なものではなく、いつまでも永遠に続くものです。

この世の中は、私たちを喜ばせ、魅力あふれるもので満ちています。しかし、それらを手に入れるためには、様々な条件をクリアしなければなりません。また、それを手に入れるためには、多くの時間と労力を必要とします。そして、ようやくそれを手に入れても、それは一時的で、限られた期限付きのものでしかありません。そのことを思うとき、本当に神様の恵みとイエス様の語られた約束は、ただただ驚くばかりです。

信じて救われるためには、何の条件もありませんが、救われた者、イエス様を信じる者には、ひとつだけイエス様は要求されています。それが、「わたしを愛し、わたしの戒めを守る」ことです。(ヨハネ14:15)言うのは簡単ですが、それを行うことは難しく、私たちの力では到底できることではありません。ですから、イエス様は「助け主」として聖霊様を送ってくださいました。イエス様を信じる者にはいつもこの助け主である聖霊様が共におられ、私たちの思いや考えでは及ばない、神様のみこころを正しく行わせてくださるのです。

また、聖霊様である助け主は、私たちの内に住んでおられます。何をするにも、どこに行くにも、一緒におられるのですが、聖霊様を無視して、私たちが自分の考えや力で事を行うなら、それは聖霊様を悲しませることになります。(エペソ4:30)聖霊様の存在を無視して、自分中心な信仰生活を送るなら、イエス様を信じる者に約束された神様の恵みと祝福を味わうことはできません。聖霊様と共に、聖霊様の助けによって、神のみことばに従いましょう。それが神を愛することです。(Ⅰヨハネ5:3)

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