罪を赦す権威を持っておられる方

富高美和師(マルコの福音書2:1〜12)

イエス様は、町や村を行き巡り、福音を伝えられました。「さあ、近くにある別の町や村に行こう。わたしはそこでも福音を伝えよう。そのために、わたしは出てきたのだから。」(マルコ1:38)

イエス様がカペナウムに来られると、家に人々が押しかけて来て集まり、戸口のところまで隙間もないほどになりました。そこに中風(脳に障害を持ったゆえに手足が不自由になった)の人が四人の人に担がれてやって来ました。イエス様の御前に連れて行きたいのですが、入ることが出来ないので、屋根を剥がして寝床を吊り下ろしたのです。彼らが「なんとかして」(ルカの福音書5:18新改訳第二版)イエス様に中風を癒してもらおうとして起こした行動です。原語では「ゼーテオー」という言葉が使われていますが「必死になって捜し求める」という意味があります。「あなたがわたしを捜し求める時、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしを見つける。わたしはあなたに見出される。」(エレミヤ29:13)彼らの中に「心を尽くしてイエス様、つまり救い主を捜し求める」心がありました。イエス様は、彼らの信仰を見て「子よ。あなたの罪は赦された。」と言われました。このところで、「信仰」が神様の御手を動かすということを知ることが出来ます。神様が喜ばれる信仰は、「神がおられることを信じる」そして「神様を求める者には報いて下さることを信じる」です。(ヘブル11:6)この四人は神様がおられる、そして求めれば必ず報いを得られるという信仰を持っていました。その信仰にイエス様は答えられました。イエス様は、罪を赦すためにこの地に来て下さいました。(イザヤ53章)彼らの「救い」を求める熱い信仰がイエス様の口から「罪の赦しの宣言」を引き出したのです。

しかし、「何の権威をもって罪を赦しているのか」と非難する律法学者やパリサイ人達に「イエス様こそが罪を赦す権威を持っておられる神である」(コロサイ1:19、20)ことを示すために、中風の人に「あなたに言う。起きなさい。寝床を畳んで担い家に帰りなさい。」と言われました。すると、彼は立ち上がり、すぐに寝床を担いで皆の前に出て行きました。それを見ていた人々は「こんなことはいまだかつて見たことがない。」と神様をあがめたのです。

「あなたの家に帰りなさい。」ということばは、創世記12:1の神様がアブラハムに言われた「わたしの示す地へ行きなさい。」と同じことばが使われています。イエス様は癒やされた中風の人に「罪赦された者として、約束の天の御国向かって歩きなさい。」と言って下さいました。 私たちは、イエス様の愛と憐れみによって罪赦された者です。イエス様だけが罪を赦す権威を持っておられる方。この方に信頼し、天の御国という約束の地に向かって前進していきましょう。

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