みことばを宣べ伝えなさい

富高尚師 Ⅱテモテ4章1~8節

自分の死を目前にして、パウロがテモテにどうしても伝えたかったことを最後に書き記しています。それは、「みことばを宣べ伝えなさい。」ということです。なぜなら、それが救われた者の使命だからです。宣教の働きは、主から託された教会の使命であり、また、救われた者の使命でもあります。私たちはそのことをしっかりと自覚して、イエス・キリストがどのようなお方なのか、何をしたのか、それが私たちと、どのような関係があるのかを、はっきりと知らせる務めがあることを覚えて、時が良くて悪くても、この務めを果たしてまいりましょう。

なぜなら、パウロがこの手紙を書いた、約二千年前の時代も、今と変わらず、多くの人々が真理から耳を背け、作り話にそれていくような時代だからです。健全な教えには耳を傾けず、自分の好み、自分の都合の良い話に同調して、真理からそれていく時代だからです。自分たちの都合の良い考え方ですべての物事を判断し、決めていく時代だからです。

イエス・キリストは、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」とはっきり宣言されました。私たちは、自分たちの都合の良い考えで作り出された宗教を信じているのではありません。ですから、今のような時代だからこそ、正しいことを大胆に宣べ伝えなければならないのです。

しかし、正しいことを正しいと伝えることは、勇気のいることです。確信があっても、恐れや不安があります。自分を見て恐れ、人を見て不安に襲われます。相手が自分より立派で地位や名誉があればなおさらです。

でも、神様はどうゆうわけか、あえて弱い私たちを、小さな者、無に等しい者を選ばれました。(Ⅰコリント1:26~31)人を見ては恐れ、自分を見ては落ち込んで、自分の務めを全うできないような者ですが、神様はあえてそのような私たちに宣教の働きを託されたのです。パウロからの手紙を受け取ったテモテも、教会を牧会する中で、多くの困難や問題を抱えて悩み苦しんでいたのでしょう。そんなテモテを、処刑される前のパウロが励まし、力づけました。神の御前で正しい裁きをされるイエス・キリストの御前で、その現れとその御国を思いながら、自分の考えや思いを伝えたのではなく、「みことばを宣べ伝えなさい。」と命じたのです。(Ⅱテモテ4:1)

神様は、私たちをありのままで用いることのできるお方です。いや、あえてそうされるのです。私たちが誇り高ぶることなく、主に栄光を帰するためです。恐れることなく、大胆にみことばを宣べ伝えていきましょう。しっかりと私たちの務めを果たしてまいりましょう。

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