債務書書は破られた

延岡東海教会 田崎敏明師 (コロサイ2:14)

私が初めて教会に来たのは、ある秋口で土曜日であったことを覚えています。近くには来たものの、なかなか教会の中に入ることが出来ずにいると、向こうから白いシャツに白いトレパン姿、肩から黒いカバンを下げている男性が歩いて来ました。そして、私に向かって「入りなさい。」と言われ教会の中に案内して下さいました。そこから教会に通うことになり、私はイエス様を信じることが出来ました。「入りなさい。」と言って下さったのは、その教会の牧師だったのです。もし、あの時声をかえてもえらてなかったら、今イエス様を信じることが出来ていたか分かりません。まさに、神様が良いタイミングで牧師と出会わせて下さり、導いて下さったのです。「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」(伝道者の書3:11)この御言葉を体験した時でした。

私は今でも「イエス様を信じて良かった。」と思っています。イエス様は、いつも私たちを励まして下さるお方です。

この一週間、色々なことがあり大変だったでしょう。苦しみや葛藤を覚えている人がいるかもしれません。しかし、皆さんはイエス様を信じて礼拝に集っています。イエス様はあなたにこう仰っていると信じます。「頑張ったね、よくやった、えらいぞ。」と。イエス様は、今、この瞬間何を考えていらっしゃると思いますか?

今、イエス様の心にあるのは「あなたのこと」です。あなたのことを心配して、どうして助けてあげようかと考えてらっしゃるのです。私はダメな男だから地獄に行って当たり前だと思っていました。しかし、今は「同じように、あなたがたもキリスト・イエスにあって、自分は罪に対して死んだ者であり、神に対して生きている者だと、認めなさい。」(ローマ6:11)という御言葉によって天国へ行けるという確信をいただいています。私の罪は赦された、そしてこれからはイエス様によって生きた者になるんだ、と分かったのです。「神に対して生きている者」とは「神様の御心に敏感になる」ことです。私は、この御言葉によって、神様の思いを感じ、神様に従う者に変えられました。また、聖書には「私たちに不利な債務証書を無効にし、それを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。」(コロサイ2:14)とあります。「債務証書」が共同訳聖書では「借用書」となっています。神様は、あなたに対する「借用書」を持っています。その借用書には何が書いてあるかというと「罪」が書かれてあります。行いにおいて、思いにおいて、全てです。そして罪に対する罰も書かれてあります。「罪の報酬は死(永遠に滅び、地獄)です。」(ローマ6:23)と。しかし、イエス様が十字架にかかって、罪の身代わりとなった時に、宮の幕が裂かれたように、その借用書は破られたのです。「しかし、神の賜物は私たちの主イエス・」キリストにあるる永遠のいのちです。」(ローマ6:23)

延岡東海教会を買い取るために、私が苦労していることを知った友達が200万円貸してくれました。無事支払いを終え、その友達が会堂を見に来てくれました。その後、電話で「あの200万円だけど、あなたにあげる。あなたの持っている借用書を破っていいから」と言ってくれたのです。礼拝に参加している信徒の前で破った時は、本当に嬉しかったです。

イエス様は、あなたを愛しておられ、そしてあなたをあきらめておられません。

あなたは、神様の作品であり、大切であることを忘れないで下さい。

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