暗闇に光

富高尚師 ヨハネの福音書1章1~5節       

ヨハネの福音書の冒頭は、初めて聖書を読まれた方にとっては何のことか全く理解できない表現だと思われますが、「ことば」とはイエスキリストのことです。また、イエス様はこの天地が創造される前から存在しておられました。それは、父なる神と同じ、イエス様も神であるということです。その神であるイエス様が人となってこの地上に来られたことをお祝いするのが「クリスマス」です。

また、イエス様は「光」であり、「いのち」であることも記されています。(4節)そして、私たちにとって最も大切なことは、この光が闇の中に輝いており、闇はこれに打ち勝たなかったということです。(5節)

旧約聖書の最後に記されているのは「マラキ書」ですが、マラキ書からイエス様の誕生までは約430年間の「暗黒の時代」と呼ばれる期間があります。預言者を通して神のことばが語られることもなく、バビロン捕囚後も、ずっと異邦人の支配下にあったのですから、まさに、ユダヤ人にとっては「暗闇」の時代でした。ユダヤ人が、そんな異国の支配下にあり、重税に苦しみながらも、神様はメシアを送り、神の国の福音を全世界に宣べ伝えるためのご計画を着々と進められていたのです。歴史的な出来事を、表面的に見るだけでは決して気が付くことはできませんが、振り返ってみる時、すべてのことを益としてくださる神様の不思議な御業に驚かされます。

この430年間の間、世界はペルシアからギリシアが世界を支配する、大帝国となったのです。そのため、共通のことばとして「ギリシャ語」が公用語となりました。また、軍事力の増大、経済的な成長により、陸路や海路が整備され、交通網が発達しました。国土の広がりに合わせ、民族や人種の壁がなくなりました。ユダヤ人も世界各地に広がり、その場所には必ずユダヤ人会堂(シナゴーグ)が建てられていきました。

このような背景の中、イエス様は誕生されました。ユダヤ人にとっては、長い間待ち続けた、待望のメシアの誕生だったのです。それと同時に、暗闇だった暗黒だと思われた時代に整えられた様々な環境は、言葉や人種、国境を越えて、御国の福音が宣べ伝えられるのに十分整えられた状況となっていたのです。特にパウロのよって多くの異邦人に福音が届けられたのは、まさにこの暗闇の時代になされた負の遺産を、主がすべて益とかえてくださったのです。

私たちの人生においても、暗闇と思える時があります。しかし、決してそれは光が消えてなくなったのではありません。闇は光に打ち勝つことができません。神様はどのような時でも、まどろむことなく、眠ることなく働いておられます。そして、暗闇と思えるような時であっても、主が働いてくださり、私たちに最善をなしてくださいます。

イエス様の誕生と福音宣教の働きも、時が満ち、神様のご計画の中で最善がなされたことを感謝しましょう。「時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」(マルコ1:15)

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