みこころにかなう人々

富高尚師 ルカの福音書 2章14節       

イエス様の誕生は、救い主の誕生であると同時に、神の国の到来を意味する、とても素晴らしい出来事でした。しかし、多くのイスラエルの民がこの日を待ち望んでいたにもかかわらずそれを知らされたのは、ごく限られた人々だけでした。なぜ、それほど大切で重要な救い主の誕生を、多くの人は知ることができなかったのでしょうか。それは、ほとんどの人たちが、自分たちの考えや都合で判断し、人間的な基準に従って待ち望んでいたからです。しかし、メシアの誕生も、神の国の到来も、神の基準で見なければ決して知ることができないのです。

イエス様を身ごもったマリアも、天使からその事実を知らされた時、「どうしてそのようなことが起こるのでしょう。私は男の人をしりませんのに。」(ルカ1:34)と動揺しましたが、すぐに「ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」(ルカ1:38)と神様のみこころ、ご計画を受け入れたのです。

また、実際にイエス様が誕生した知らせを真っ先に知らされたのは、羊飼いたちでした。羊飼いは、当時の職業としては、最も身分の低い、人々から蔑まれた職業の人たちです。しかし、彼らが飼っていた羊は、いけにえとして捧げられる特別な羊でした。イエス様がお生まれになった夜も、羊がけがをしたり、獣に襲われたりすることないように、夜番をして見張っていたのです。彼らの存在なくして、罪の贖いのいけにえを捧げることはできないのです。また、彼らも御使いから救い主の誕生を知らされると、「さあ、ベツレヘムまで行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見届けて来よう。」(ルカ2:15)と言って、すぐに行動に移し、御使いのことばが真実かどうかを確かめました。

さらに、イエス様が誕生して、きよめの期間が終わると、ヨセフとマリアは神殿に律法にしたがい、いけにえを捧げに行きます。するとそこでシメオンとアンナの二人がイエス様と出会います。多くのユダヤ人がローマの圧政から解放してくれる国のリーダーとしてのメシアを待ち望んでいた中で、シメオンは、イスラエルが慰められることを待ち望んでいた人でした。(ルカ2:25)「あなたが万民の前に備えられた救いを。異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの栄光を。」(ルカ2:31~32)と言って、彼は、自分の思いや望みではなく、メシアはイスラエルに限らず、すべての民族の救い主として来られる方であることを知っていたのです。

私たちも、「御国が来ますように」と祈るとき、人の基準や人間中心な思いではなく、神の御心とご計画を知り、神の国の王としてイエス様をお迎えしましょう。神の国は、みこころにかなう人々に訪れるのです。

 

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