あきらめない信仰(マタイの福音書20章29節)

 ここに2人の盲人が登場します。当時は、目が見えないことは「仕事がない」=「人にすがって生きていくしかない」ということでした。彼らは、これが運命なんだと人生をあきらめ、互いに慰め合いながら生きていたに違いありません。
このように、世の中にも人生をあきらめてしまっている人が少なくありません。健康で豊かである時には気づかないものですが、何か問題が起こると、「自分はなんて孤独なんだ」と失望するのです。
この聖書の個所には、どのような問題の中でも、そこから解放される秘訣が書かれてあります。この2人の盲人に注目していきましょう。
 彼らは、「もうすぐイエス様が来られる」という噂を聞きました。その時、「この方なら自分たちの病気を治して下さる!」という信仰を持ったのです。失望のどん底にいた彼らに希望の光が見えてきました。これが、あきらめていた彼らの心が変わった瞬間でした。
 イエス様がエリコに近づくと、大勢の人がついて来ました。彼らはイエス様のもとに行き、「主よあわれんで下さい!」と叫びました。群衆は彼らを黙らせようとしましたが、益々声を張り上げて叫び続けたので困り果てました。すると、イエス様は立ち上がり、彼らに言われたのです。「わたしに何をしてほしいのか。」
彼らが「私たちの目が見えるようにして下さい。」と言うと、彼らの目を癒し、彼らの人生に希望を与えて下さいました。彼らはすぐにイエス様につき従い、彼らの人生は全く変えられました。
 この2人の盲人がしたことは3つです。まず①イエス様が問題を解放して下さると信じ、待ち望みました。②人ではなく、ただイエス様を見て、叫び続けました。③最後まであきらめませんでした。
 どのような問題の中にあっても、彼らのように全能なる神様に信頼し、あきらめずに叫び続ける時、神様はその問題に解決を与えて下さり、苦しみから解放して下さるのです。人がどう思うかは関係ありません。あくまでも、あなたと神様との個人的関係が大切なのです。あなたの人生を神様に明け渡すなら、神様はあなたの人生を通してご自身のご栄光を現わして下さいます。苦しみは、苦しみで終わらず、その中で私たちに多くのことを学ばせて下さいます。
「苦しみ会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」(詩篇119:71)
 私たちは、今までの人生の中で様々なところを通らされてきました。「これは失敗だ」と思うことでも、神様に信頼していくなら、神様はその失敗をも益に変えて下さり、豊かな人生を歩ませて下さいます。 「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益として下さることを、私たちは知っています。」(ローマ8:28)

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