神様が与える平安(ヨハネの福音書14章27節)

「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」(ヨハネの福音書14:27)
 私たちクリスチャンの持つ「平安」は、世が与える「平安」とは違います。世の中のように、地位や名誉や財産があるから安心出来る、という、あるなしに関わってくる平安ではありません。神様が私たちに与えておられる平安は、例え問題の中にあったとしても、人間的には安心出来るものが何もなかったとしても、「神様がおられるから大丈夫!」と信仰に立つことの出来る平安です。
 あなたは、神様からこの「平安」をいただいていますか?
平安を失ってしまう原因をいくつかあげましょう。
①罪から解放されていない時
神様に対して、また人に対して罪を持っているなら、その罪があな たの心を暗くさせ、縛り、平安を奪ってしまいます。
神様は、罪からの解放を願っておられます。もし、罪を言い表し、 悔い改めるなら、神様は全ての罪を赦し、きよめて下さいます。
(第一ヨハネ1:9)神様に正直に話すことが必要です。
②重荷を委ねていない
 人は、日々問題を抱えて過ごしています。経済や、人間関係と様々 です。それは、人に頼ってもどうすることも出来ないものです。
 神様は、その重荷をすべて委ねなさい(マタイ11:28)と言わ れます。神様だけが、身体も心もすべての問題から解放して下さる お方です。
③満ち足りることを知らない
 人は、どうしても他の人と比べてしまいがちです。人と比べて自分 に足りないところを見て落ち込むのです。自分より下の人と比べて 優越感にひたり、上の人と比べて卑屈になる、きりがないのです。 神様が必要なものを与えて下さるという信仰を持ち、感謝する時、 あなたは全てのことに満ち足りることを学ぶのです。
④ねたみ深い人
 最初の殺人は「ねたみ」の心から始まりました。(創世記4章カイ ンとアベル)ねたむ人は、人の幸せを喜ぶことが出来ません。人の 幸せを自分の不幸と思うのです。聖書は、「喜ぶ者と一緒に喜び、 泣く者といっしょに泣きなさい。~誰に対してでも、悪に悪を報い ることはせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。」(ロー マ12:15~21)と語っています。人を祝福し喜ぶ時、その祝 福はあなたに返ってくるのです。
あなたの心に①~④がないか、探ってみて下さい。あなたがこれらを聖霊様の力によって克服する時、本物の「平安」を得ることが出来ます。聖霊様はあなたの心をとらえ、縛られいるものから解放して下さるお方です。私たちは、信仰を持って聖霊様を求めることが大切です。

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