心を尽くして主に拠り頼め(箴言3章5、6節)

「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」(箴言3:5、6)

 「心を尽くして主に拠り頼め」とあるように、「信じる」ということは「そのままを受け入れること。そして受け入れたら、それに従う」ということです。心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして神様に従うのです。神様に従うということは半端な気持ちでは出来ません。
 初代の教会のクリスチャンは、命をかけて福音を人々に伝える働きをしました。命がけで伝道したところに、不思議としるしが行われ、神様が栄光を現して下さいました。
 イエス様が今から約2000年前にこの地上に来て下さったということは歴史上の事実で誰でも知っていることです。聖書が、神ご自身が人間の姿をとって来て下さったことを証しているからです。ですから、イエス様のことばを受け入れるということは、神様のことばを受け入れるのと同じことだということが分かります。
 イエス様に従う時、神様は私たちの道をまっすぐにして下さると聖書はに約束が書かれてあります。
 あなたの歩いてきた道、そしてこれからの道はまっすぐですか?
まっすぐ歩いてきたつもりなのに、正しい選択をしてきたはずなのに、なぜ、このような苦しい思いをしなくてはならないのか、と思っていませんか?そのような思いが少しでもあるなら、あなたは、自分の道を軌道修正する必要があります。そして、その道をまっすぐにして下さるのは、イエス・キリストだけだと知る必要があるのです。
 イエス様を信じて従う時、イエス様があなたを本来の歩くべき道へと導いて下さいます。そして、私たちを天国へと導いて下さるのです。イエス様を受け入れ従う者の国籍は天にあります。(第二コリント5章)私たちは、この世のことだけを考えていてはいけません。
私たちの道は、死んで終わりではないからです。死んでからが本当の人生の始まりであり、その道は永遠に続くということを覚えておかければならないのです。「私たちは、この地上に永遠の都を持っているのではなく、むしろ後に来ようとしている都を求めているのです。」(ヘブル13:14)
 人生の目的は天にあります。神様の目的は、私たちが神様のご臨在の中に生き、神様の栄光を現すことです。
神様を信じる私たちは、与えられた人生の中で、神様の御言葉に立って生きて行く時、私たちの心に神の国が実現し、その目的を果たすことが出来るのです。
 私たちの心に神様が住まわれる時、私たちの思い、考えが新しくなり、神様の目においてまっすぐな道、正しい道を歩むことが出来ます。
そして、いつも神様に感謝と賛美を捧げつつ、信仰生活を歩むことが出来るのです。心を尽くして主に拠り頼んでいきましょう。
「ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。」(ヘブル13:15)

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