心を尽くして主に拠り頼め。(箴言3章5~6節)

「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」(箴言3:5~6)

 私たちが、この御言葉を握って生きる時に、神様は約束通りのことを私たちにして下さいます。
 ヨハネの2章には、有名な「カナの婚礼」の記事が載っています。
ここで、婚礼の最中にぶどう酒がなくなるという問題が起きました。イエス様の母であるマリヤが、そのことにいち早く気が付き、イエス様にそのことを伝えますが、イエス様からは「まだ時が来ていない」と一見冷たくも聞こえる答えが返って来ました。しかし、マリヤは、手伝いの人たちに「あの方が言われることを何でもしてあげて下さい。」と言ったのです。
 「結婚」は、私たちの人生に置き換えることが出来ます。人は、自分の人生を幸せに生きたいと願います。しかし、最初にぶどう酒(経済、健康、良好な人間関係)がある時は幸せと思うのですが、ぶどう酒がなくなってしまう(問題が起こる、いきづまる)と途端に自分の無力を知り、どうして解決してよいか分からなくなるのです。
 神様は、ご自身の存在を知らせ、神様に拠り頼むことに気づかせる為に、あえてぶどう酒を取られる時があります。
 イエス様の母であるマリヤは、イエス様のことを誰よりも知っていました。それは、かつて自分がイエス様を聖霊によって身ごもり、イエス様こそ、神様がお遣わしになった救い主であることを身をもって体験していたからです。
 マリヤには、問題が起こった時はいつでもイエス様に信頼していれば大丈夫という確信がありました。ですから、マリヤはイエス様に「時が来ていない。」と言われた時でも、「神様の時があるのだ。」と悟ることが出来、僕たちにイエス様の言葉に従順に従うよう命じることが出来たのです。
 「イエス様のもとに行く」ということは「祈り」です。何か問題が起こった時、すぐに祈りによって主に近づき、神様に解決を求め、御言葉に従う必要があります。僕達はイエス様の言葉に従って、水瓶(80㍑~120㍑入りの石の水瓶)に水を満たしました。彼らにとって、それを行うことは重労働でした。しかし、イエス様の言葉に従った時、ただの水が最高のぶどう酒に変わったという奇跡を目の当たりにすることが出来たのです。
 真剣に主の前に出て行く時、神様のご臨在の中に私たちを導き入れて下さり、すべての祈りに答えを与えて下さいます。
 マリヤがイエス様についてどのようなお方か「知っていた」ように、私たちもイエス様がどのように素晴らしいお方かを更に知り、信仰を深める必要があるのです。
 悩みの時、病んでいる時、問題が起こった時、私たちが自分の悟りに頼るのではなく、神様に拠り頼むなら、神様がその問題を解決して下さり、あなたの人生を溢れる恵みで満たして下さるのです。
あなたの人生にイエス様が共にいて下さることを感謝しましょう! 

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