栄光を現す

「わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしが創造し、これを形造り、これを造った。」(イザヤ43:7)
 この世界のすべての者は、神様がご自身の栄光のためにお造りになりました。つまり、万物のすべてが、神様が生きていることを証明するためにあるということです。
 ヨハネの福音書11章には、「ラザロのよみがえり」の記事があります。
 マルタとマリヤの兄弟である、ラザロが病気にかかっているという情報がイエス様の耳に届きました。しかし、イエス様は、「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためです。」と言われ、そのおられた所になお2日とどまられました。そして、イエス様がラザロの所に行かれた時には、すでにラザロが死んで4日経っていました。マリヤはイエス様の足元にひれ伏し、「主よ。もしあなたがここにいて下ったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。」と嘆き悲しみました。イエス様は、彼らのうちに信仰が失われつつあるのをご覧になり、憤りを感じ涙を流されました。それから、イエス様はラザロが眠る墓の石を取りのけるよう命じました。マルタはそれを聞いて「主よ。もう臭くなっております。死んで4日になるのですから。」と言いました。イエス様は、彼女に言われました。「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見るとわたしは言ったではありませんか。」
イエス様は、そう言われると天の父なる神様に感謝の祈りをささげ、「ラザロよ出てきなさい!」と叫びました。すると、死んでいたラザロが手足を長い布で巻かれてたまま出てきたのです。そして、それを見ていた多くの人々がイエス様を信じたのです。
 私達は、だれを信じるのですか?
それは、全能なる神様です。神様が人としてこの地上に来て下さったイエス・キリストを信じるのです。そうすれば、私達は神様の栄光を見ることが出来るのです。どのような問題の中にあっても、人の力ではどうすることも出来ないような状況の中にあっても、全能なる神様を信じるなら、必ずそこに神様の栄光を見ることが出来るのです。
 マルタは「もう臭くなっています。4日も経ちますから。」と言いました。それが普通の感覚でしょう。もし、不信仰のゆえに墓の石を取りのけなかったら、何も奇跡は起こりませんでした。しかし、彼らがイエス様の言葉に従うことが出来たから幸いです。信仰を持ってイエス様の言葉に従うとき、そこに神様の栄光が現されるのです。
 私達には、神様の栄光を現すという使命があります。それは、自分の力では無理と思えるようなことですが、私達が信仰を持って神様のお言葉に従い、賜物を用いていくなら、神様の栄光を現すことが出来るのです。神様は、あなたに素晴らしい将来を備えて下さっています。
「主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。」(詩篇139:1)全能なる神様を信じ、期待して神様の御心を歩んで参りましょう。

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