「主は私の羊飼い私は乏しいことはありません。」

 詩篇の23篇を見るとき、私たちの信じるイエス様がどのようなお方であるかを知ることが出来ます。
 イエス様は、①私たちの羊飼いなるお方。②羊である私たちを緑の牧場に導き、いこいの水のほとりに伴わる。③私たちの魂を生き返らせ、正しい道を教えて下さり、祝福の人生へと導いて下さる。④私たちを救い、天国への備えをして下った。(ですから、例え死の影の谷を歩くことがあっても、死を恐れることはない。)⑤間違った道を歩みそうになるとき、イエス様は杖と鞭をもって過ちを教えて下さる。(試練を通して、イエス様の御側近くを歩むよう導いて下さる)⑥絶対絶命の時、イエス様は御言葉を持って平安を与えて下さる。⑦神の子として油を注ぎ、主の業を行って下さる。⑧私たちに恵溢れる生活を与えて下さるお方。
 次に「関係」についてみていきます。
まず、イエス様と私たちとの関係が「羊飼いと羊」に例えられています。
 羊は弱く、方向音痴な生き物です。ですから、必ず羊飼いが面倒を見ないと生活出来ないのです。
 私たち人間も、1人では生きていくことは出来ません。神様と共にいてはじめて生きることが出来るのです。「神様から離れた者は死んだ者である。」と聖書に書かれてある通りです。
 また「主」と書かれてあることから、イエス様と私たちの関係が「主人と僕」であるということも示されています。
 僕は主人を喜ばせることが仕事です。その時、僕は主人に祝福され、満たされた生活を送ることが出来るのです。私たちも、神様を喜ばせる時、私たち自身が豊かになるということを知る必要があります。
 イエス様と共にいるなら、私たちは常に緑の牧場に導かれ、御言葉によって満腹することが出来ます。(ペテロ第一2:2)それによって、問題に押しつぶされることなく、良し悪しを見分け、苦しみの中にあっても学び信仰の成長を遂げることが出来るのです。訓練によって鍛えられた者は、平安の義の実を結ぶことが出来ます。状況に左右されないためには、聖書の御言葉がとても重要です。(テモテ第二3:16)
 イスラエルの民も荒野で訓練を受けながら約束の地へ導かれました。「あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった」(申命記8:2)
 神様は、私たちの心を知るお方です。私たちを訓練し、私たちの心の底を調べ、御言葉に力があり、答えがあることを示して下さいます。 また神様は、御言葉を通して愛の中へと導き入れ、私たちを恐れから解放し、守って下さる方です。私たちがイエス様を「主」と認め、へりくだって仕えていくなら、羊飼いなるイエス様は、私たちを祝福された緑の牧場(祝福された人生)へと導いて下さるのです。

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