「恵まれた人」(ルカの福音書1章26~38節)

 御使いがマリヤのところに来て「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」と告げました。このところを見るとき、マリヤがどれほど神様に喜ばれていた存在であるかということを見ることが出来ます。また神様を畏れて、純潔を守っている素晴らしい女性であったことを見ることができます。また、46節以降の賛美の祈りから、マリヤは神様がどのようなお方であるかをよく知っていた人であり、神様の前に聖い生き方をしていた人であったことが分かります。私たちもこの様な生き方を学ばなければなりません。詩篇15篇には、「正しく歩み、義を行い、心の中の真実を語る人。その人は、舌をもってそしらず、友人に悪を行わず、隣人への非難を口にしない。」とありますが、マリヤはこの様な人であったに違いありません。ですから、神様は御使いを遣わし、彼女に言葉をかけてくださいました。私たちも神様の前に正しく歩み、いつも主の前に祈るなら、神様はその人の所に来てくださいます。あなたも神様からお言葉をいただいて、恵まれた人となることが出来ます。マリヤが選ばれたように、あなたも神様から選ばれた人なのです。ですから、どのような時にも信仰を失ってはなりません。
 マリヤはどんな時にも信仰を持った人でした。31節に、御使いから「あなたはみごもって、男の子を産みます。」と告げられた時、一瞬疑問を抱きますが、すぐに、御使いを通して語られた神様のことばを信じました。この時、マリヤはヨセフと婚約していました。当時、婚約は結婚と同じとみなされていました。そのような身で子をみごもるということは、姦淫の罪で石打の刑に処せられことをマリヤは知っていました。でも、「主がなさるのであれば、どうぞこの身になりますように。主がなさるならば不可能なことはひとつもない。」と信じたのです。主の栄光のために、死を覚悟して、主に従う決心をしたのです。
 この後、マリヤはザカリヤの家に行き、エリサベツにあいさつをします。そして、エリサベツはマリヤに「主によって語られたことばは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。」(45節)と言いました。私たちは、神様が語られたことばは必ず実現すると信じた人が幸いな人であることを知らなければなりません。神様からおことばをいただくなら、どんな恐れも不安も消えてなくなります。主の臨在の中で、喜びと平安に満たされるのです。そして、その為にはまず、謙遜でなければなりません。マリヤは「この卑しいはしため」と自分のことを言いました。高慢で高ぶった人の所に神様は来てくださいません。また、従順でなければなりません。自分にとって納得できないことや理解できないことでも、「あなたのおことばどおりこの身になりますように」と従わなければなりません。そうするなら、あなたもマリヤのように「恵まれた人」となることが出来るのです。

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