信仰の父アブラハム

「そのようなわけで、世界の相続人となることは、信仰によるのです。それは、恵みによるためであり、こうして約束がすべての子孫に、すなわち、律法を持っている人々にだけでなく、アブラハムの信仰にならう人々にも保証されるためなのです。『わたしは、あなたをあらゆる国の父とした。』と書いてあるとおりに、アブラハムは私たちすべての者の父なのです。」(ローマ4:16~21)
 
 アブラハムの祖父であるテラの時代までは、全くユダヤ教とは反し、この世の偶像礼拝がなされていました。(ヨシュア記24:2)
しかし、そのような中で、神様はアブラハムに現れて下さいました。
そして、「あなたの土地とあなたの親族を離れ、わたしがあなたに示す地に行け。」と言われた時に、彼は行き先も知らないまま、その地をあとにしました。「信仰によってアブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くかを知らないで、出て行きました。」(ヘブル11:8)
 行った先でどのような状況が待ち構えているか、分からないにも関わらず、神様の声に聞き従ったのです。
「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地に行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。~」(創世記12:1~5)
 彼は、主の声を聞き、神様が最高の権威を持っておられることを認めざるをえませんでした。
 信仰の父である、アブラハムに与えられた祝福の約束は、その子孫である私たちにも与えられている素晴らしい言葉です。
 私たちは、祝福される者です。ですから、私たちに対してのろうものを祝福し、辱める者のために祈り、とりなす時、更に多くの祝福を受けることが出来ます。
 アブラハムがカランを出たとき、彼は75歳でした。そしてアブラハムが99歳になった時、また主は仰せられました。「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩み、全きものであれ。~わたしが、あなたを多くの国民の父とするからである。」
 神様は、完全な人を求めているのではありません。神様が求めておられるのは、神様の前に全き信仰を持って従う人です。アブラハムもサラも自分の子が産まれるとは夢にも思っていませんでした。しかし、神様は約束の通りのことを行い、アブラハムが100歳の時に約束の子イサクを与えて下さったのです。
 この後、神様はイサクを生贄として捧げるようアブラハムに命じました。彼は、神様がイサクをよみがえらせてでも、子孫を増やすという約束を果たしてくださると固く信じ、神様の声に従いました。そのアブラハムの信仰の姿勢を見て、神様は非常に喜ばれたのです。
 アブラハムは信仰によってあらゆる状況に勝利した人物です。わたし達はアブラハムの信仰にならい、勝利ある歩みをしていきましょう。

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