新しく変えられた

 クリスマスは世界的な行事であり、だれもがこの日を喜び祝います。
では、クリスマスは、何を意味し、何をお祝いしているのでしょう。クリスマスは、「神様が救いの業を行うために、人の形をとってこの地上に来られた」という神の愛を意味し、神様の業をお祝いするものです。
 イエス様がこの地上で最初に行った奇跡が聖書に記されています。
 カナというところで婚礼がありました。そこにイエス様と弟子、イエス様の母であるマリヤも招かれていました。そこでハプニングが起こったのです。婚礼がまだ終わっていないのに、葡萄酒が底をつきてしまいました。そのことにいち早く気がついたマリヤは、イエス様に「もう葡萄酒がありません。」と言いました。何故、結婚式の責任者ではなく、イエス様に言ったのでしょう。それは、イエス様がどのようなお方かをマリヤが一番よく知っていたからです。マリヤは聖霊によってイエス様を身ごもり、そして神様の子どもを生むことを天使によって告げられていました。マリヤは身をもってイエス様が神の子であることを体験していたのです。マリヤはこの窮地を救ってくれるのはイエス様しかいないと確信していたのです。
 しかし、イエス様は、母マリヤにむかって「あなたはわたしと何の関係があるのでしょう。女の方。わたしの時はまだ来ていません。」と言い返しました。一見冷たいように感じることばですが、マリヤはそれを聞くと、手伝いの者たちに「あの方の言われることを、何でもして下さい。」と言いました。この会話から、イエス様とマリヤの関係は親子ではなく、神様とそれに仕える者の関係であることが分かります。
 イエス様は手伝いの者に向かって「水がめ(80㍑~120㍑入りの石水がめ6つ)に水を満たしなさい。」と言われました。そして更に「それを宴会の世話役のところにもって行きなさい。」と言われたので、その通り行ったところ、その水は最高の葡萄酒になっていたというのです。手伝い者がイエス様のことば通りに行ったとき、素晴らしい奇跡が起こったのです。
 手伝いの者は、わざわざ井戸まで行って水を汲んで来ました。その水が今まで味わったことのない葡萄酒になり、宴会は大いに盛り上がりました。
 この婚礼場は、「人生」を意味し、葡萄酒は「愛」、井戸は「教会」を意味します。私たちは人生の中で「愛」はまだ十分あると思っていたのに、いつのまにか愛が冷え、問題が起こり、行き詰まってしまいます。しかし、そこでイエス様に出会いました。そしてイエス様のお言葉に従った時、罪の問題が解決され、愛が与えられ、全く新しい者へと変えられたのです。ただの水であった者が、瞬間的に全く異質の葡萄酒に変えられるのです。これが神様の救いの素晴らしさです。
 私たちは、イエス様の愛によって完全に新しく変えられました!
この素晴らしい福音を感謝しつつ、人々に伝えていきましょう。

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