詩篇2篇

「~恐れつつ主に仕えよ。おののきつつ喜べ。御子に口づけせよ。
主が怒り、おまえたちが道で滅びないために。怒りはいまにも燃えようとしている。幸いなことよ。すべて主に身を避ける人は。」

 この詩篇2篇は、「メシヤの予言」と言われています。
その内容は、「イエス様に逆らう者達がいる。しかし、神様はそれをあざ笑っている。どんなに神様に逆らう者が出てきても、人間は神様に立ち向かうことは出来ない。主を恐れ、仕えよ。」というものです。 先週は、「信じる者に神様の素晴らしい奇跡が行われる。」ことを話しました。神様の存在、御子であるイエス様の業、聖霊の働き、これらを信じた者は、多くの奇跡を見、生けるキリストの証人として、素晴らしい業を行いました。それらは、すべて聖書に記されています。
神様は、昔も今も変わらないお方です。今日も、信じる者が神様の驚くべき恵みを受けることが出来るのです。
 詩篇の一篇には「時が来ると実がなり、その葉は枯れない。」と書かれてあります。神様を求め、神様に仕え、神様のことばに従って行く者は、神様が多くの実を与える、と約束して下さっています。
「わたしに求めよ。わたしは国々をあなたへのゆずりとして与え、地をその果て果てまで、あなたの所有として与える。」(詩篇2:8)
 このことばは、私たちに与えられたことばです。信じることが出来ますか?信仰によって、このことばを信じる人は、この約束のものを手に入れることが出来るのです。私たちは、先ず「信じて」求め続けるのです。
「求めさない。そうすれば、与えられます。」(マタイ7:7)
 アブラハムは75歳で神様の召しを受けました。神様は「わたしは全能の神である。あなたは、わたしの前に全きものであれ。」と言われました。「全き者」とは、「完全な信仰をもってわたしに従う者」ということです。
 アブラハムは、神様の言われる通り、100%信じる心を持ちました。ですから、祝福の実として、彼が100歳の時、約束の子イサクを授かることが出来たのです。
 イエス様は、「油注がれた者」(2:2)、「王」(2:6)「神の子」(2:7)、「世界の審判者」(2:12)です。
 終わりの時代、この方によってさばきが行われると、聖書は語っています。ですから、私たちは終わりの時代が来ること、イエス様がもう一度来られること、人々の罪がさばかれることを人々に伝えなければなりません。人々が罪から解放され、さばきにあうことのないように、私たちはイエス様の福音を家族に、友人に伝えるのです。
 イエス様は私たちの救い主です。この方を通してでなければ神の国に入ることが出来ないのです。ですから、人々は主を恐れ、主に仕える生活をしなければならないのです。見えないものを「信じる」ことは難しいことです。しかし、救いを得る為には絶対に必要なことであり、最も大切なことです。私たちは聖霊に満たされ、聖霊によって信仰に固く経ち、「救い主」であり、「王」であり、「審判者」であるイエス様のことを、臆することなく大胆に人々に伝えて参りましょう。

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