今、出来ること

 東北関東大震災では、私たちの想像を絶するような被害が起こり、今も大変な思いをしている方々が沢山おられます。一夜にしてすべてのものを失ってしまった人々の痛みを思い、祈り続け、支援し続けなければなりません。私たちは、クリスチャンとして、被害にあった方々と同じ思いをもって、その方々に仕えていく必要があります。
 創世記18:17には「主はこう考えられた。わたしのしようとしていることをアブラハムに隠しておくべきだろうか。」と書かれてあります。
 ある時、アブラハムは、それが神と神の御使いであるとは知らずに、3人の旅人を最高のもてなしでお迎えしました。「与える」心を持つ彼のところに、神様は喜んでご臨在を現して下さいました。そこで、旅人に扮した神様は、アブラハムに祝福として「来年の今頃こどもが与えられる」と言われましが、彼らは老夫婦のゆえにそれを信じることが困難に思えました。しかし、神様は、「主に不可能なことがあろうか。わたしは来年の今頃、定めた時に、あなたのところに戻ってくる。そのときサラには男の子が出来ている。」と念を押され、一年後、そのお言葉のとおりのことが100歳のアブラハムと90歳のサラに起こったのです。
 どれほど歳をとっていようと、どんなに身体が弱っていようと、神様にとって「その時の状態」は関係ありません。神様が、そうするとおっしゃるなら、その通りになるのです。
 聖書には、必ず世の終わりが来る、とはっきり書かれてあります。神様が定めておられる時があるのです。そのために私たちはしっかりと備えをしておく必要があります。その備えとは、1人でも多くの人が救われるように福音を伝え、奉仕をし、捧げものをするということです。主の働きをするとき、主はその人の御側近くに来てくださり、「わたしのしようとすることを隠しておくべきだろうか。」と語りかけて下さるのです。
 神様はアブラハムに、堕落したソドムとゴモラを滅ぼすという神様のご計画を話されました。そこでアブラハムは主との交渉に入ります。「もし50人の正しい人がいたら、赦していただけますか。」「もし、40人・・」「もし、30人・・」「もし20人・・」「もし10人・・」神様は言われました。「その10人のためにわたしは滅ぼすことを止めよう。」しかし、正しい人は10人にもみたず、結局ソドムとゴモラは滅ぼされ、アブラハムの甥であるロトとその娘だけが助かることになりました。
 今、世の終わりが刻々と近づいています。「方々に地震が起こる」「飢饉」「疫病」「民族が民族に敵対する・・・」聖書の書かれている世の終わりの前兆が今まさに起こっているのです。すべての人が福音を聞いたとき、その時がやってきます。時は近いのです。
 私たちが今することは、「わたしがしようとすることを隠しておくべきだろうか。」と言われるほどの神様との親密な関係を築き、アブラハムのようにこの世界を思い、とりなし祈る者になることです。 
 今は大変な時代です。私たちはクリスチャンとして神様にとりなしつつ、福音を述べ伝え、人々に仕え、与えるものとなりましょう。

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